説教ワンポイント(2003年3月16日 説教より)

聖書
「 マタイによる福音書 第26章1節〜13節 」 

 香油が注がれる

 神の子が十字架にかかり死んでいく、この重さを受け止めることのできた女性がいました。彼女は、葬りの備えとして高価の香油を主の頭に注ぎかけました。弟子たちは「無駄使いだ、貧しい人々に施すことができたのに」と非難しました。
 正論です。賢い大人の分別です。でも、もし無駄使いだと言うなら、ここでの最大の無駄使いは、二日後の主キリストの十字架の死です。
 この女性は、ただ主の激しい愛に動かされ、なりふりかまわず応えようとしたのです。主の愛に愚かなほどに応えて生きようとしたのです。信仰者の歴史は、正論・大人の分別からでなく、計算を越えた熱い服従の歴史です。

新約聖書

26: 1 イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると、弟子たちに言われた。
26: 2 「あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される。」
26: 3 そのころ、祭司長たちや民の長老たちは、カイアファという大祭司の屋敷に集まり、
26: 4 計略を用いてイエスを捕らえ、殺そうと相談した。
26: 5 しかし彼らは、「民衆の中に騒ぎが起こるといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。

26: 6 さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、
26: 7 一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。
26: 8 弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。
26: 9 高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」
26:10 イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。
26:11 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。
26:12 この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。
26:13 はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

 

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