聖書学び祈る会から(2003年11月23日 )

 出口はまだ見えていません。詩人は依然として卑しめられ迫害のような苦しみの中にあります。だからこそ冒頭に「声をあげ」と二度も繰り返します。

 実は、これまでが長かったのです。声をあげられなかった程に苦しかったのです。御前に立つことでようやく声をあげられるようになったのです。

 御前で声をあげることでかろうじて立ち、その声が主に届いていると信じるからこそ希望を得ているのです。

 
      旧約聖書「詩篇 第142編2節」 

142:2 声をあげ、主に向かって叫び 声をあげ、主に向かって憐れみを
    求めよう。


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