聖書学び祈る会から(2003年12月14日 )

 コヘレトの言葉は、すべてを空と論じ、神を認めつつもどこか疑っている言葉ある。心から信じ切れず虚無的悲観的なところがある。会で何故こんな内容が聖書の中に入れられたのかが議論になった。

 内村鑑三が最晩年に注解したのがこの書で、この書は老年の書、壮年以降にこの書の深い意味が解ってくると書いている。

 誠実に生きる努カと忍耐を経験した者が、晩年に奥底から抑えがたく突き上げてくる心の叫びなのかもしれない。この書に救いはありません。でも書かれているのは、私たちの深い本音でもあります。彼の後約200年後に「新約」の時代が来ます。コヘレトの著者は、自らの生と思想の限界において、イエス・キリストを指し示しているのではないか。

 


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