2012年の説教要旨
週報に掲載された内容を転載します。
(2012年8月5日週報から掲載開始。)



 
2012年12月23日の説教要旨 
 聖書: ルカ2:1〜7。
 説教: 「泊める部屋はありません」



 今日の聖書でルカは何を言おうとしてしているのでしょうか?
 第一は、幼子イエスの誕生は歴史的事実だということです。そのためにルカは、皇帝アウグストスやシリア総督キリニウスなどの歴史上の人物を、わざわざここに登場させたのでしょう。

 第二は、ヨセフ・マリア・胎内のイエスには泊まる宿屋がなかったということです。本当に満室だったのでしょうか?彼らのみすぼらしい身なりや身重の女性であることも、宿屋の主人たちに、「何とか一部屋用意しよう!」という気持ちを起こさせなかった原因かもしれません。

 イエス様に泊まる宿がない、これは、2,000年後の今日でも同じではないでしょうか?「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には枕するところがない」(『マタイ』8:20)、「彼(イエス)は自分の所に来たのに、自分の民は彼を受け入れなかった」(『ヨハネ』1:11)という状況は少しも変わっていないと感じます。パスカルが「人間の心の奥底には神の形をした空洞があって、それは他の何物でも埋められない」という意味のことを書いていますが、私たちの心は、偏見、先入観、自分しか頼れるものはないという自我、多忙による無関心・無感動などに占拠されているのです。今も主イエスは寒い外に立って、「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれか、わたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし・・・」(『ヨハネ黙示録』3:20)と私たちに語りかけておられるように感じます。

 クリスマスのこの良き時、心と耳を静めてあなたの心のドアをノックしておられるイエス様に気づきましょう!そして喜んで心のドアを開けてイエス様を心に迎え入れましょう。「心の窓を空けるだけでいいのです。窓を開ければ、溢れる光の中にあなたは包まれます。神の国は朝の光のように背後から既に私たちのところに来ており、私たちが『悔い改めて』(向きを変えて)、赦しの光を受け入れることを求めています」(小島誠志著『疲れたものに力を』より)。



2012年12月16日の説教要旨
 聖書: 『マタイ』20:25〜28。
 説教: 「イエス誕生の目的」



 クリスマスを目前に控えた今、ご一緒に、何故イエス様はこの世にお生まれになったのか、その目的は何だったのかを考えたいと思います。イエスご自身が、私がこの世に来たのは、(1)罪人を招くため、(2)仕えるため、(3人々の罪を買い取って死ぬため、であると答えています。

 (1)罪人を招くため。イエス様はファリサイ派の人々や律法学者のような、自分こそ義しい人間であると自慢し、他の人々を見下げ蔑んでいた人々には厳しい方でした。他方、自分は何という罪の多い人間かと思い悩んでいた人々を愛されました。そうした人々の心に、イエス様の愛と赦しの福音は確実に染み込み、イエスの弟子に変えてゆきました。

 (2)仕えるため。この典型的な姿は弟子たちの足を洗ったイエス様でしょう。本来は奴隷の仕事です。それを「主の主、王の王」であるイエス様が行われたのです。また、どんなに疲れていても、求められればどこにでも出かけて、悩んでいる人や病んでいる人に寄り添い、病を癒やされイエス様にその姿を見ることができます。

 (3)人々の罪の贖いとして死ぬため。イエス様は十字架にかかることでこのことを実行しました。1954年9月に起こった洞爺丸事件をご存知でしょうか?1000名以上の死者を出した大惨事でした。台風15号が接近している中、夜、無理に函館を出航した洞爺丸は50メートルの強風と10メートルを越す大波によって座礁し、やがて転覆しました。大混乱の中で救命胴衣を得られず泣き叫ぶ乗客に、乗船していた二人の外国人宣教師(ストーンさん・リーパーさん)は、自分が手にした救命胴衣を渡して死んでゆきました。三浦綾子さんはこの時の様子を『氷点』(上)の末尾に描いています。

 私には人のために自分の命を差し出すなんてとても出来ません。イエス様はご自分は何の罪も無いのに、極悪人と同じ十字架で死なれました。正に、イエス様は死ぬためにお生まれになったのです。その姿は多くの人々に今も感動を与え続けています。二人の宣教師はこのイエス様の愛に倣い、自分の命を投げ出して津軽の海に散っていったのです。



2012年12月2日の説教要旨
 聖書: 『マタイ』1:18〜25。

 説教: 「痛みの伴うクリスマス」 


 今日からアドヴェントに入りました。クリスマスに向けて街は何かウキウキした華やいだ雰囲気になってきました。でも最初のクリスマスは、悩みと苦しみが折り重なるような出来事でした。
 第一は、父ヨセフの悩みでした。1:29に「夫ヨセフは正しい人であったので」と訳されていますが、柳生直行先生の「ヨセフは厳格な人であったが、このことを表ざたにするにしのみず」の方がヨセフの気持ちに近い訳でしょう。婚約の期間を厳格に守ってきたヨセフは、マリアの妊娠に愕然とし、一時は彼女の不貞を疑ったことでしょう。密かに離縁することが良いと悩みの中で決断した時、「ダビデの子、ヨセフ、恐れず妻を迎え入れなさい」(1:20)の言葉を聞きました。

 第二は、妻マリアの悩み・苦しみでした。全く身に覚えの無い婚約中の妊娠でした。石打ちの刑を受ける恐れ、ふしだらな女と蔑まれる恐れ、いやそれ以上に、夫ヨセフにどう説明すれば良いのか、いくら説明しても分かってもらえないのではないか?そんな恐れが次々と彼女を襲いました。たまりかねたマリアは、同じ女性、同じ身重の親類エリザベトを訪ねました。そこでエリザベトから思いもよらぬ祝福の言葉を受けました。お腹の赤ちゃんは救い主だ、あなたは真に幸いな女性だ、という驚くべき言葉でした。3ヶ月滞在したマリアは、きっとエリザベトと語り合い、励まし合い、慰め合ったことでしょう。

 第三は、十字架で死ぬことが分かっていながら一人子を地上に送らねばならなかった、父なる神の悩みです。バックストンは「神にとっては、ご自分を与えることよりも、その独り子イエスを与えることの方が大きな犠牲でありました」と書きましたし、北森先生は「神は、この行為において痛み給う神である」(『神の痛みの神学』より)と書いています。神においては義よりも愛が勝利したのです。

 このように、幾つもの悲しみが折り重なるようにして最初のクリスマスが起こったのですが、『ルカ』1:46〜にあるように、マリアの悩みは、ついには歓喜に変えられ、マリアは声高らかに〈マリアの賛歌〉を歌い、神をほめたたえてて、幼子イエスを生みました。これが最初のクリスマスでした。



012年11月18日の説教要約
 聖書: 『エレミア記』6:16。
  説教: 「幸いに至る道」



 今日の聖書の背景は、今から約2600年前の「バビロン捕囚」です。ユダヤ民族の存亡がかかった一大事でした。預言者エレミアは、北から災いが襲いかかること、主を捨てて他の神々に頼るのではなく主を尋ね求めるべきこと、主は生きて我々を見ておられること、心を入れ替えて主に立ち返れ、と勧告しました。しかし、彼らの偶像礼拝は根強く、楽観論を説く偽預言者に振り回され、心を入れ替えず、「かたくなな民」「反逆の家」でした。そんな中で、今日の言葉が神からエレミアを通して住民に告げられました。今日の聖書から3つのことを学びましょう。
(1)「さまざまな道に立って見よ」とは、「分れ道に立って見よ」という意味です。「昔からの道に問いかけてみよ」とは、神からモーセに示された道、即ち十戒には何と書いてあるか?ということです。そこに、幸せに至る道が示されていると言っています。旧約のルツはナオミにどこまでもついて行く道を選びました。もう一人の嫁オルパは、ナオミに説得されて途中で故郷へ引き返したのに、です。聖書はルツの選びが正しく、彼女はボアズと結婚し、その子は主イエスの系図に連なる光栄を得たと書き残しています。
(2)正しい道はこれだと分かっても、実際にその道を突き進むことは、容易なことではありません。命がけのこともあります。旧約のエステルがそうでした。ハマンは王の寵愛をよいことに、自分を敬わないモルデカイを憎み、ユダヤ人全員を殺そうとしました。その時、エステルは命がけで王に直訴し、ハマンの陰謀を阻止し、ユダヤ人全員の命を救いました。命がけの救出作戦でした。このように正しい道は容易い道ではなく、命がけの道なのです。でもそれは、幸せに至る唯一の道なのです。
(3)エレミアの説得に耳を貸さず、ユダヤ人たちは「そこ(正しい道)を歩むこと」はしませんでした。その結果「バビロン捕囚」、即ち、バビロンという外国への集団拉致事件が起こったのです。その後70年もユダヤ人たちは異国に止め置かれ、大半はそこで死にました。国家的屈辱・民族的屈辱を回避出来なかったのです。そして人々は幸せにいたるチャンスも逸してしまいました。

 今日に生きるお互い、本当に正しい道を確信をもって歩んでいるでしょうか?絶えず聖書に聞き、狭い門から入り、そこを見いだす者の少ない道を歩んで参りましょう。それこそ幸せに至る一本道だからです。


2012年11月11日の説教要旨。
 聖書: 『ヨハネ』4:16〜30。
 説教: 「サマリアの女(下)」



 今日の聖書から、3つのことを共に学びたいと思います。
 第一は、主イエスは「無きに等しい者」(『Tコリント』1:28:口語訳)を用いて下さる方だということです。買い物から戻った弟子たちは、「イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた」(27節)とあるように、サマリア人に対して強い差別を持っていました。しかしイエスは、差別から全く自由であり、このような無きに等しい者を、ご自分の働きに選び用いて下さるのです。シカルの多くの住民は「証言した女の言葉によって、イエスを信じた」(39節)のでした。私たちもこの女性と同じ、無きに等しい者です。この私たちをも主は選び用いて下さる方であります。
 第二は、伝道の大切さ、信仰を伝えることの大切さ、他者のために祈り続けることの大切さ、です。人々にイエス様を紹介することです。安くて美味しいお店を見つけたら、「行ってみて!」と友だちに紹介しないでしょうか?自分の人生を不安から希望に変えて下さった方、いつも共にいて慰めと励ましと勇気を与えてくださる方、そのイエス様を、まだ知らない人に紹介することです。放蕩の限りを尽くしたアウグスティヌスが奇跡的に信仰に戻ったのは、間違いなくいつも背後で祈っていた母モニカの祈りによるものでしょう。ロックフェラーが「石油王」と同時に「慈善王」と呼ばれたのも、幼い時から彼を教会に導き、その場で1週間のお小遣いから十分の一を捧げさせてた母の信仰によるものでしょう。信仰の継承は今、最も大切で、最も主イエスから求められていることです。
 
 第三は、信仰は、最初は何かに導かれたとしても、最後は自分一人で神様・イエス様と向き合い、イエス様を個人的な救い主として受け入れることによって確立するものだということです。多くの人々は、2日間シカルに滞在されたイエス様に直接会い、話をし、共に食事をし、この方こそ神の子と信じ、イエス様を心の中に受け入れたのです。「わたしたちが信じるのは・・・わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であることが分かったからです」とあるように、です。


2012年11月4日の説教要旨。
 聖書: 『ヨハネ』4:1〜15。
 説教: 「サマリアの女(上)」


 今日の聖書から二つのことを教えられました。
 第一は、この女性が「待ち望む心」を持っていたことです。彼女は痛切な「心の渇き」を覚えていました。だから、イエス様に一杯の水を差し出しただけで終わらずに、心からイエス様に出会うことができました。彼女は確かにふしだらな生活をしていましたが、何とか自分の生活を変えたいと思っていました。だから、自分をサマリア人だからと差別せずに優しく言葉をかけてくれたイエス様が、来るべきメシアなのではと思ったし、イエス様に心から出会うことが出来ました。

 第二は、イエス様の態度の素晴らしさです。砂漠の旅を続け、疲れ切って喉も乾いていたイエス様でしたが、この女性に自分の方から話かけました。〈喉の渇き〉を潤す一杯の水をこの女性から得たイエス様は、〈心の渇き〉を潤す命の言葉をこの女性に与えました。イエス様の優しさが滲み出ている場面です。しかし、同時にイエス様は荒々しい外科医のように、この女性に「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」(16節)と命じ、この女性のプライドを打ち砕き、彼女自身に自分の罪を自覚させ、彼女のもつ膿(罪)をすべて摘出しました。この手術によって初めて、この女性にイエス様の言葉がしみ込むようになりました。
 我々も同じです。自分の心の中の罪を知り、悩み、ついに神さまに告白するまでに至らなければ、我々は容易にイエス様の福音を受け入れることは出来ません。本当に人格的にイエス様に出会う(邂逅)ことは出来ないのです。
 
 我々はこの女性のように、5人の男性と次々と離婚し、6人目の男性と同棲するような、人から「ふしだら」と指摘されるような者ではないでしょう。しかし、自分がいかに駄目な人間か、罪が心に内在する者か、自分の力ではすぐどうにもならなくなる人間であるか、を知らないと、この女性のように、本当にイエス様に出会い、イエス様の弟子になることは出来ないのだと教えられます。



2012年10月28日の説教要旨。
 聖書: 『詩編』32編1〜11。
 説教: 「背きを赦される神」
 この詩編は伝統的に、ダビデが自分の人生の失敗から得た教訓(マスキール)を書いた「悔い改めの詩編」の一つと考えられてきました。失敗とは、家来ウリヤの妻バトシェバを強引に奪ったこと、ウリヤを戦いの最前線に出して殺したこと、そして、あれだけ自分を祝伏し続けてくれた神を裏切ったことです。
 3節に「絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました」とあるように、ダビデは良心の呵責に耐えられず、夜も寝られない程苦しみました。そんなダビデの罪を予言者ナタンが告発しました。王の権力を用いてナタンを殺すことも出来たダビデでしたが、彼は即座に自分の重大な罪を神に謝罪しました。こうして神の裁きと共に、赦しも得たダビデは、その後は、神さまの恵みと愛から離れず、喜びに踊るような人生を送った(11節)のでした。
 

 好地(こうち)由太郎は、18歳の時、奉公していた店の女主人を辱め、殺し、放火し、無期懲役になりました。何の反省もなく脱走を繰り返した彼でしたが、姉が差し入れてくれた一冊の聖書を読んだこと、夢で三度も「この巻物を食べよ}(『エゼキエル書』3:1)と語られたこと、留岡幸助に導かれたこと、独房でたくさんの蚊に食われた時に、「蚊は人の血を吸って生きる。でも私は『イエス・キリストの血、凡て、罪より我らを清める』の言葉を思い起こしたことから、模範囚になり、出所してからは伝道者に変えられ、全国の刑務所を訪問して熱心に福音を伝える人になりました。

  私たちお互いは、ダビデのように人の妻を奪い、その夫を殺すようなことはしないでしょう。好地さんのような強姦・殺人・放火のような大犯罪を犯すこともないでしょう。でも罪の誘惑はすぐ傍に待ち伏せています。詩編32編のダビデのマスキール(教訓)から多くを学び、何よりも、恵みの神さまに付いて離れず、喜びに踊る人生を送らせていただきましょう。



2012年10月21日の礼拝説教要旨。
 聖書:『ルカ』15:8〜9。

 説教:「無くした銀貨のたとえ」。

 この女性は既婚者です。10枚の銀貨はきっと結婚前、貧しい生活の中からコツコツ貯めたお金で手に入れたものです。10枚の銀貨は銀の鎖で結ばれ、宝石のように既婚の彼女の頭や首を飾りました。ところその1枚が紛失していることに気づきました。彼女は暗い家の中を隅から隅まで探し、ついに探し出しました。このたとえから私は次の二つのことを示されました。

 第一は、銀貨が土間の干し草の中に埋もれたままでは、銀貨本来の役目を果たしていないし、銀貨の輝きも見せていないということです。

 19世紀のアメリカの大伝道者であったD.L.ムーディーは、4歳で父を亡くしました。病気の母と8人の子供が残されました。彼は17歳の時ボストンの叔父の家に引き取られ、嫌な靴屋の仕事をし、日曜日は叔父との約束のため仕方なく教会に行っていました。でも仕事も教会も嫌で嫌でたまらず、目を盗んでは休み、酒とばくちにお金を使っていました。
 彼が教会を休む度にキンバルという日曜学校の先生が彼を訪ね、熱心に教会に休まず来ることを勧めました。ムーディーは心を開きませんでした。でもある日、自分のために祈るキンバル先生の目から涙が流れ落ちてくるのを見て、ついに心を開き、やがて大伝道者に変えられたのでした。
 ムーディーという1枚の銀貨は、イエス様が遣わしたキンバル先生に拾われて、彼本来の役割を果たし、彼本来の輝きを見せる人に変えられたのです。

 第二は、ルカ15章の迷った1匹の羊を探す農夫も、銀貨を探す女性も、二人の息子を持つ父親も、すべてイエス様のことであり、イエス様はご自分から労を厭わずに迷える羊を、無くなった銀貨を、家出した息子を、則ち、無くなった1枚の銀貨である私たちを、探し出して下さる愛の方だということです。

 イエス様は今日もあなたの心のドアをノックしています。鍵は内側にしかついておらず、戸を開けることが出来るのはあなただけです。どうぞ戸を開けて、イエス様をあなたの心の中に迎え入れ、イエス様に出会ってください。きっと、喜びと感謝で輝く人生が待っています。 



2012年10月7日礼拝説教要旨
 聖書:『ヨハネ』2:1〜11。
 説教:「カナでの婚礼」


 今日の聖書から3つのことを学びたいと思います。
 (1)第一は、イエス様は最初の奇跡(しるし)を、人の多く集まるエルサレムの神殿でしたのでもなく、ローマの皇帝の前で自分の力を見せびらかすためにしたのでもなく、カナという小さな村で、名前も分からない若い新婚夫婦のために、ごく少人数の前で行ったということです。イエス様はこの若い二人が恥をかき、新しい人生の門出が台無しになることを見過ごしできなかったのです。最初の奇跡をこのような形で行ったことは注目すべきことです。

 (2)第二は母マリアの信仰です。マリアは、イエス様なら、何らかの方法でこの窮地を救ってくれると確信していました。マリアは、神の子としての我が子イエスに当惑し、その言動が理解出来ないことがあると、それをいつも「心に納め」ていました。羊飼いたちから神の子誕生の喜びを述べられた時も(ルカ1:37)、エルサレム神殿で議論する少年イエスの場面(ルカ2:51)も「すべて心に納めて」いたのでした。分からないことに慌てて答えを見いだそうとせず、心に納め、思い巡らし、イエス様からは必ず良い結果が生ずると、待ったのです。イエス様の最初の奇跡は、このような母の信仰から引き出されたものでもあります。

 (3)10節の「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものだ」は、この世の姿を象徴的に表現しているように思われます。

 事業を興し、最初は順調でも、利益のみを追求するあまり不正をし、衰えていった企業が多くあります。「グンゼ」(郡是)を興した波多野鶴吉は、若い日は放蕩に身を持ち崩しますが、留岡幸助から洗礼を受け、京都府綾部で事業を興しました。養蚕農家に株主になってもらい、工女の宿舎を完備し、教育を行い、どの会社にも負けない高品質の絹糸を造り、アメリカに輸出しました。パリ開催の万国博で金賞を受賞し、アメリカ最大の絹輸入業者のスキナーから、「日本からの絹輸入は全部郡是からにする!」「郡是のものは商品検査の必要はない!」とまで言わせ、世界の一流企業に成長させました。

 カナの婚礼や、グンゼの仕事のように、私たちの人生の中にイエス様に入って頂きましょう!きっと「最初は良かったのに最後は劣ったもの」と言われない、クレッシェンド(末広がり)の人生がおくれる筈です。




2012年9月23日の説教要旨

 聖書:『ローマの信徒への手紙』5:15〜21。
 説教:「恵みはいや増す」



 モーセ以降の時代を支配した律法は、それ自体決して悪いものではなりません。しかし律法学者やファリサイ派の人たちのように、それのみを絶対化すると、人を裁きの目で見、人に有罪の判決を下し、人の心を凍りつかせ、死をもたらします。

 イエス様はこうした中に暖かい愛の光を投げかけた人でした。イエス様の眼差しは愛に満ちていましたし、人の罪を愛と恵みで被いました。結果、イエス様は人を生かし、人を新たな希望の人生に送り出して下さいました。それだけではなく、ナザレ人としての生活の中で、更には、十字架と復活を通して、われわれに「無罪の判決を下され」(5:16)、「すべての人を義とされ、命を得る」(5:19)ようにして下さいました。6章2節で、「わたしたちは(既に)罪に対して死んだ」とまで言って下さる方であります。


 亀井勝一郎は最終的に親鸞の教えに傾倒した人でしたが、聖書を愛された方で、著書『青春論』の中で、『ヨハネ』8章の「姦淫の女」の箇所を取り上げ、「彼(イエス)は女に向かって『われも汝を罪せじ、往け、この後ふたたび罪を犯すな』と、ただそれだけを言います。
 
 私はここに微妙心というものの絶頂をみるのです。宗教的深さの極致とは、罪については之を責めもせず、断罪もせず、しかも罪は罪として深く無言の裡に感じさせる、その大きな愛であります。われも汝を罪せずと言ったところに、罪の大いさ、それが万人の内に内在していることを示しています。しかも沈黙によってです。

 イエスの愛情を一番敏感に感じ取ったのは、罪を犯した彼女であったことは当然のことでありましょう」、「ヨハネ伝8章におけるキリストに、私は常に微妙心の最高の姿を見てきました」と書いています。

 今日の聖書でパウロが言いたいことを分かりやすく、しかも印象深く語っている素晴らしい言葉です。
 主イエス様の十字架によって罪から自由にされた私たちです。イエス様の愛情と恵みの中に身を委ねて生きてゆきましょう!


2012年9月16日 の説教要旨

  聖書:「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。
       年が寄って『わたしには何の楽しみもない』と言うようにならない前に」
                                  (口語訳『伝道の書』12:1)。


 今日は礼拝の中で敬老祝福式をします。80歳以上の5名が該当者です。最年長は内村ヨリ姉で100歳、次が星好姉で95歳です。5人ともアンダーソン宣教師や歴代の牧師の薫陶を受け、教会の基礎をつくられました。心からの感謝と共に、これからの健康を心からお祈り致します。
 ロンドン郊外のアパートで、一人の老女が莫大な遺産を残して亡くなっていました。枕の下に小さな日記帳があり、そこには「今日も誰も訪ねてくれなかった。今日も誰とも言葉を交わさず一日が過ぎた。寂しい。ひとりぽっちだ」と繰り返し書かれていました。『社会契約論』などの著作で有名な大思想家ルソーは、晩年、とても孤独な生活でした。遺作となった『孤独な散歩者の夢想』の冒頭に、その孤独と寂しさを書き残しています。この二人はどうして寂しい晩年を送らねばならなかったのでしょうか?
 私の友人の相沢さんは、大学卒業後証券会社に入社しました。仕事、徹夜の麻雀、仕事の繰り返しで結核になってしまいました。強制入院させられた病棟で、最も重病の老女がいましたが、彼女はいつも微笑みを絶やさず、多くの患者の相談相手にさえなっていました。彼女は若い頃キリストの信仰を得ていたのです。相沢さんは引き寄せられるように毎日彼女の病室を訪ね、やがて、信仰を持ちました。もう一人の私の友人の青木さんは、今91歳です。20年以上も脳梗塞で倒れた夫人を看病し、夫人を亡くした今、今度は自分が入院しています。でも私への手紙には、「午前中は加藤常昭先生のテープと本を学び、聖書通読をして午前中はあっという間に過ぎてしまいます」、と書いてありました。
 これら4人の違いは何なのでしょうか?どこから違いが生まれたのでしょうか?今日の聖書はその答えをはっきり示しています。若い日に自分たちの造り主に出会っているかどうかの違いです。本当にイエス様に出会ったら、寂しいとか、孤独だとか、何もやることがない、などということはあり得ません。逆に、感謝と喜びと希望に満たされる筈だからです。予言者イザヤも、「主に望みをおく人は、新たなる力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(『イザヤ書』40:31)と宣言しています。やがて私たちも年老いていきます。その時、「何の楽しみもない!」などと言うことがないように、主イエス様に従って生きて参りましょう!


2012年9月2日 説教要旨

 
説教:「人生と逆風
 聖書:『使徒言行録』27:1〜8


 今日の聖書はパウロがローマで裁かれるために、船で護送される場面です。パウロを乗せた船は「向かい風に遭い」(4節)「、船足ははかどらず」(7節)、やっとのことで「良い港と呼ばれる所に着いた」(8節)のでした。、これは私たちの人生を描いているようです。良く「人生は航海のようだ」と言いますが、私たちの人生もまた、このパウロの船旅のように、悩み・苦しみの逆風の連続のように感じられるからです。

 パウロは『Uコリント』11:23以降に、自分が会った数々の災難を述べています。パウロの人生こそまさに逆風の連続でした。でも復活のイエス様に出会っていた彼は、逆風をものともせずに前進し、世界中に福音の種を蒔いた人でした。

 有名な作曲家ベートーベンも、悩みの連続の人生でした。第一は飲んだくれの父です。彼は飲んでは「早くモーツアルトを追い抜け!」と怒鳴る人で、22歳の時に亡くなりました。心優しい病弱の母は17歳の時死んでしまいました。母を亡くした悲しみはあまりに大きいものでした。更に2度の失恋は純真な彼の心を苦しめました。

 特にピアノソナタ「月光」をささげた貴族の娘テレーザとの失恋は大きな悲しみでした。両親を失った彼は作曲してはその曲を売り、生活費を得る生活でした。おまけに我が儘な甥のカルルはいつもベートーベンを悩ましていました。更に、28歳頃から耳の異常が発生し、ついには全く耳が聞こえなくなってしまいました。音楽家にとって致命傷です。悩み苦しんだ彼は、保養先のハイリゲンシュタットで遺書を書き自殺を考えました。

 このような悩みばかりの彼を救ったのは何だったのでしょうか?それは彼の強い意志力と信仰でした。彼は「神よ、あなたはあらゆる時、あらゆる所で、真実で、永久に恵みを与えてくださる不変の光です」と書き残しています。

 ロマン・ローランは『ベートーベンの生涯』の中で「世の悲惨によって我々の心が悲しめられている時に、ベートーベンは我々の傍に来てくれる。果てしない戦いに疲れる時に、このベートーベンの意志と信仰の大海にひたることは、言い難い幸いである」と書き、ベートーベンの意志力と信仰を褒め称えています。

 私たちもお互い苦難の連続の人生ですが、負けずに進み、「希望の港」である愛なるイエス様に錨を降ろさせていただきましょう!


2012年8月26日 説教要旨

 説教:「本当の幸せはどこにある?」
 聖書:『詩編』16編1〜11節


 この詩は、ミクタム(黄金)と書かれているように、詩編150編の中でも最高峰の一つと言われています。2節と8節の見事な信仰告白を中心に3つのことをお話します。
(1)1節に「あなたを避けどころとする」とあります。これは、より原文に忠実に訳すと、「わたしはあなたに逃げ込みます」となります。作者は人生の困難や試練に出会った時、いつも神様の元に逃げ込んだ、と書いています。逃げ込むなんて何て弱虫な!と思わないでください。真の勇気は自分の弱さや罪深さを正直に認めることです。私たちも人生の苦難に出会い、解決が出せない時は、神様の元に逃げ込みましょう。そして重荷や恐れを取り除いていただいたら、神様に背中を押していただいてまた新たな人生を歩み出しましょう。

(2)2節に「あなたはわたしの主。あなたのほかにわたしの幸せはありません」とあります。何という見事な信仰告白でしょうか!イエス
様に出会って今日がある私は、ここを読む度に「アーメン!主よその通りです!」と叫びたくなります。6節に「測り縄」や「嗣業」という
独特の言葉が出てきますが、神様は私たちを測り縄を用いて正しく測り、評価してくださり、十分な嗣業(分け前・タラント)を与えて下さる方です。このように神様の選びの恵みが先行し、それに感謝する応答がこの2節の言葉です。愛する兄弟姉妹、心から「あなたはわたしの主。あなたの他にわたしの幸いはありません」と、声高らかに告白しましょう。

(3)8節に「わたしは絶えず主に相対しています。主は右にいまし、わたしは揺らぐことがありません」とあります。主に真っ正面に対することが大切です。背中を向けたり、斜めに構えては神様と正しい関係が成立しません。右とは、最高の権威のある場所であり、この時代、被告人の弁護士が立つ場所であり、競技のチャンピオンが立つ場所でもあります。このように、私たちの右側にはいつもイエス様が立っておられ私たちの弁護士になって下さいます。またすべてのチャンピオンである神様も、そこにいて下さいます。だからもう怖じ惑う必要はありません。だから聖書にあるように、私たちの心は喜び、魂は踊り、体は安心し憩えるのです。何と感謝なことでしょうか!

 このような主を心から信頼し、感謝し、日々の歩みを進めて参りましょう!


2012年8月19日 説教要旨
  
説教:「あなたがたは世の光である」
  聖書:『マタイ』5:14〜16


 今日の聖書から4つのことを学びたいと思います。
(1)イエス様は「あなたがは世の光になりなさい」とは言わず、「あなたがたは(既に)世の光です」(14節)と言っています。正直、こんな私が世の光なの?と、たじろいでしまいます。私たちがイエス様に正面から向き合う時、正しく繋がっている時、光の源であるイエス様から電気が通じ、私たちの灯りはOFFからONになり、光るのだと言っておられます。

(2)イエス様は「ともし火をともして升の下におくな」(15節)と言っています。私たちがこの世の誘惑や欲望に支配されている時、光は邪魔者です。悪は光に照らされることを嫌い、逆に、暗闇を好むからです。そのようなことに決して陥らず、イエス様からの光を灯し続ける者でありたいと思います。

(3)イエス様は「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」(16節)と教えています。天台宗を開いた最澄は、著書『山家学生式』の中で「一隅を照らす、これ則ち国宝なり」と教えています。たとえ光源がイエス様でも、灯りを高々と掲げることに躊躇してしまいそうな弱い私たちです。でも光は周りから見え、必ず一隅を照らします。大切なことは光源であるあるイエス様に正しく繋がり、繋がり続けることです。

(4)日本ライトハウスという盲人のための厚生施設を創った岩橋武夫氏は、20歳、早稲田大学の学生の時に、網膜剥離で失明しました。自殺を企てましたが母に見破られ、彼女は「何でも良いから生きていてくれ!お前に死なれては、どこに生き甲斐があるものか!」と叫びました。母の愛の爆発でした。母の絶対の愛に触れた岩橋青年は、希望と勇気を与えられ、点字と英語の猛勉強jを始めました。やがてイギリスから届いた点字の聖書を読み、有名な『ヨハネ』9章にある「この人が生まれながら盲人なのは、本人の罪のためでもなく、両親の罪のためでもない。ただ神の業がこの人に現れるためである」、の言葉に出会い、宿命論から解放され、使命に生きる者に変えられました。彼が灯した明かりは多くの盲人に希望を与えただけでなく、母も妹もイエス様を信じる者へと変える力になりました。

 私たちも、イエス様からいただいた光を輝かしましょう!人々はそれを見て、きっと、光の源である神さま・イエス様をほめたたえることでしょう!


2012年8月5日の説教要旨

 聖書:「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」


 今日は「平和聖日」と定められています。俳優で絵本作家の米倉斉加年(まさかね)さんは、戦時中、弟が飲む分の缶ミルクを飲んでしまいました。何度も。やがて弟は栄養失調で死にました。「僕が弟を殺したんだ!」。夏が来る度に弟への罪を思い出すそうです。

 あの戦争中、どんなにみんな空腹でひもじくて辛かったのでしょう。私は3人の兄を戦争で亡くしました。弘と言う兄は17歳の若さで、11月アリューシャンの海で亡くなりました。どんなに寒く冷たかったかと思います。父の辛さ、母の悲しみを思います。

 1919年にアメリカ人のコベル宣教師夫妻は来日し、20年間日本で伝道しました。1939年国外退去を命じられましたが、アメリカには帰らずフィリピンのパネイ島で伝道していました。そこに日本軍が押し寄せ、ラジオを持っていたことからスパイ容疑をかけられ、現地の女性・子供11名と共に殺されました。でも射殺される前に、13人は輪になって跪いて祈りました。
 
 真珠湾攻撃隊長の淵田美津雄は最初こそ大勝利のヒーローでしたが、敗戦後はC級戦犯となり悶々とした毎日を送っていました。アメリカに捕虜となっていた兵士たちと浦賀港で会った淵田は、「どんなひどい仕打ちをアメリカで受けたのだ?」と聞くと、マーガレットという美しいアメリカ人女性がとても親切ににしてくれたと聞きました。このマーガレットこそ、フィリピンの島で日本兵に殺されたコベル宣教師のお嬢でした。

 彼女は、「一時は両親を殺した日本人を憎みました。でも日本と日本人が大好きだった両親はきっと日本のために祈りながら死んでいったと思う。両親と神さまの愛の勧めでここで働いているのです」と答えたそうです。淵田は彼らから1冊の聖書をもらい受けて読み進める内、『父よ彼らを赦したまえ。その為す所を知らざればなり』(ルカ23:34)のイエス様の言葉に出会い、自分の罪を悔い改め、やがて牧師になり、その聖書をもってパールハーバーに戻り、許しを請う祈りを捧げました。

 柳生直行先生は「ほんとうに平和な人、それは人々の間に平和をつくりだす人たちである」と訳しています。

 平和の主に繋がりながら、平和を作り出す者、ほんとうに平和な人、にさせていただきましょう!






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