2014年の説教要旨

   
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2012年説教要旨   2013年説教要

週報に掲載された内容を転載します。
(2012年8月5日週報から掲載開始。)



 
      
 
 12月7日の説教要旨
  聖 書   サムエル記上 1:12〜19。
  説 教  「クリスマスの4人の女性(1)ハンナ」


  今日は、今から約3,000年前に生きたハンナの信仰に 学びましょう。彼女は、やがてサムエルを生んでダビ デ王を登場させ、また長く子どもがなかったことでヨ ハネの母エリサベトと似通っていることから、待降節 に学ぶにふさわしい人だと思います。三つのことを味 わいましょう。

  第一は、ペニナは言葉や態度で子のない「ハンナを 悩ませ苦しめた」(6節)こと、そのためハンナは「苦 しんだ」(7節)ことです。今日の私たちも全く変わっ ていないと思いました。湊晶子さん(前:東京女子大学 長)は「何故人間には耳が2つ、目が2つあるのに、口 は一つしかないのでしょう。2つの耳で良く聞き、2 つの目で良く見、一つしかない口は最小限に使うなら、 大半の問題は解決に向かうでしょう」と言っています。  死刑囚の歌人、島秋人(しまあきと)は、牢屋の中で 自分の今までを顧み、唯一自分をほめてくれた中学の 美術の先生、吉田好道(よしみち)先生を思い出します。 先生は返事を書いただけでなく、寒いのではないかと 自分の着た上着を贈ります。奥様の絢子(あやこ)さん は短歌を作ることを勧め、汽車で片道8時間もかけて何 度も島秋人を訪ねています。主に繋がる私たちは、人 を殺す言葉でなく、人を活かし人を希望に向かわせる 言葉を発したいものです。

  第二は、不幸な身の上にあるハンナが、一言も不平 を言っていないことです。ペニナを追い出すことも、 夫のエルカナへの不満も、神への不平も、何もありま せん。『創世記』のヨセフのように、置かれた場所でひ たむきに生きていました。神は(エル・ロイ)の方、(見 ていてくださる神)です。決して見過ごしにはなさいま せん。やがて願い通り男の子サムエルが与えられ、乳 離れしたサムエルを神に献げた後にはたくさんの子ど もを与えられました。

  第三は、祭司エリに言葉をいただいた後、「彼女の表 情はもはや前のようではなかった」(17節)ことです。 私など「ああしてください、こうしてください」と神 に祈り願いますが、すぐに心配が頭をもたげます。ハ ンナのように神への絶対信頼をもち、完全に変えられ たいものです。祈る時はハンナのように熱くストレー トに祈り、その結果は神さまに信じてご一任する信仰 をもちたいものだと思います。
 
 11月30日の説教要旨
  聖 書   エレミヤ書 33:14〜16。
  説教題   『主の来臨の希望』


 メシア誕生の予告は繰り返し聖書に書かれています。例えばヘロデ大王はイエス誕生に恐れを抱き、祭司長や律法学者に「メシアはどこに生まれることになっているのか」(マタイ2:4)と聞いています。彼らはイエス誕生の700年も前に書かれた『ミカ書』5:1を引用して、「ユダヤのベツレヘムです」と答えています。ほぼ同時期に書かれた『イザヤ書』53章は、あたかもイエス様と一緒に過ごし、その目で見てきたかのようにその生涯を予告しています。イエス誕生の何と700年も前に、このようにメシア誕生についての寸分違わぬ予告がされていることは大きな驚きです。

 預言者エレミヤが活動した前600年頃は、既に北イスラエルはアッシリアに滅ぼされており、南ユダでも、人々は神への信仰を完全に失った生活をしていました。神はエレミヤを通して「主は生きておられる」、だから「主に立ち返れ」と繰り返し呼びかけますが、人々は聞こうとしません。遂に神はバビロン捕囚を決断します。神にとってそれは愛する民に苦難を与える苦渋の決断でしたが、同時に、70年後の解放・帰国も約束する愛の決断でした。神にとって災いの計画ではなく、民に将来と希望を約束する計画(29:10〜11)でした。それだけではありません。やがて、ユダヤの民の間にダビデの若枝が生まれること、その名はヨシュア(イエス)であると伝えます。救い主誕生の予告です!それでもユダヤの民の心は頑なに神を振り向こうともしません。バビロン捕囚を予告したエレミヤは不吉な予告をして国を惑わす者と投獄されてしまいます。

 クリスマスを待ち望む今、私たちは今日の聖書箇所から三つのことを学びましょう。第一は、イエス様誕生は、その700年も前から予告されその通りになった歴史的事実であること、第二は、神は今もこの世に住む我々に、「主は生きておられる」だから「主に立ち返れ」と呼びかけておられること、第三に、神は私たち一人ひとりのために「将来と希望を与える」計画を持っていてくださること、です。何と嬉しい感謝なことでしょうか!

 
 11月23日の説教要旨
   聖 書    サムエル記下 5:1〜5
   説教題   「ダビデ王の素晴らしさ」


 本日は「収穫感謝合同礼拝」を守っています。収穫感謝と今日の聖書箇所とどんな関係があるのか悩んでしまいましたが、野菜や果物の収穫ではなく、今日は人生の収穫を考えるように勧めているのでは?と、考えました。ダビデはその人生において多くの収穫をもたらした人でした。そこには彼の三つの優れた資質があるように思います。

 第一は、神さまからいただいたタラントを有効に用いた点です。彼の特技は@石投げ、A竪琴の演奏、B詩を書くこと、でした。石投げは子どもの頃からの遊びの中で腕を磨き、巨人ゴリアテを一発の石で打ち破りました。竪琴の演奏は頭痛に悩まされたサウル王の心を癒しました。作られた詩のいくつかは、今日詩編の中に収められ、私たち読者の心を捕らえて止みません。

 第二は、サウル王の子ヨナタンとの友情を大切にしたことです。妬みから自分の王位が奪われるのではと邪推した王はダビデを殺そうとしますが、ヨナタンは、「なぜ彼は死ななければならいのですか。何をしたのですか」(20:32)と王に反論します。「互いに口づけし、共に泣いて」(20:41)別れますが、やがてヨナタンは父サウル王と共に戦死します。王位に就いたダビデは、親友ヨナタンのあしなえの息子メフィボシェトを哀れに思い、王宮に住まわせ、毎日食事を共にしたのでした。親友の子にまで愛を注いだダビデでした。

 第三は、「神第一」「神絶対」の揺るぎない信仰です。ダビデには罪のない自分の命を付け狙うサウル王を殺すチャンスが2度ありました。家来たちは「今がその好機です!」と責め立てましたが、ダビデは「主が油を注がれた方に、わたしが手をかけるのを、主は決して許されない」(24:7)と拒否し、一度目は上着の一部を切り取り、二度目は槍と水差しを持ち去り、自分の身の潔白と王への絶対忠誠を示しました。

ダビデは今から3,000年も前の遠い昔の、日本から遠く離れたユダヤの人です。でもそのダビデの家系に幼子イエスはお生まれになりました。今日に生きる私たちは、このダビデの三つの生き方に多くを学ぶべきではないでしょうか。

 
 11月16日の説教要旨  
  
聖 書   詩編 87:1〜7。
  説教題  「あなたもこの都で生まれた」


 ユダヤ人は、自分たちを神さまから特別に選ばれた「選民」と考え、よその人たちを「異邦人」と呼び、心の中では「犬ども」と思っていました。紀元前にアリストテレスやプラトンなどの哲学者を輩出した古代ギリシャ人も、自分たちを「ヘレネス」(高貴な)と呼び、よその人たちを「バルバロイ」(聞き苦しい言葉を話す人)と呼んで差別していました。英語のバーバリアン(野蛮な)はここから派生した言葉です。人は誰も自らを高く評価し、周囲を低く見る者のようです。でも今日の聖書は全く違います!「人々は言うであろう、この人もかの人もこの都で生まれた、と」と書いています。何と革新的で愛に満ちた言葉でしょうか!主と出会い、自らの罪を悔い改め、新しく生まれた人は皆、「わたしたちの本国は天にあり」(『フィリピ』3:20)との点で一致し、何の分け隔てもないのです。先ほど賛美した162番に「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」(『詩編』133:1)とありましたが、何と美しい愛の世界でしょうか!

 アイヌ伝道に一生を捧げたジョン・バチェラー宣教師(英)は、日本人でさえ差別していた彼らの村(コタン)に訪問・滞在し、主イエスの福音を語り、同時の彼らの生活向上に懸命に働いた人でした。伝道9年目にして初めて、金成(こんなり)太郎に洗礼を授ける時には「バチェラーの声は喜びに震え、両眼からは涙が溢れて止まらない」(『光をかかげて』より)程の感激でした。生活向上のためには小学校を作り、病院を建て、アイヌ語の辞書をつくり、最後にはアイヌ語の新約聖書も完成させました。太平洋戦争の勃発でイギリスへの帰国を余儀なくされましたが、91歳で天に召されるまで「早く北海道へ帰りたい」がジョンの口癖でした。

 「人々は言うであろう。この人もかの人もこの都で生まれた、と」(5節)。私たちは主にあって一つです。国籍を天にもつ者として一つです。イエス様の愛のまなざしが注がれる一つの長椅子に、仲良く座っている兄弟姉妹なのであります。

 
 11月9日の説教要旨
  聖 書  テモテの信徒への手紙U 3:10〜17
  説教題   『聖書の素晴らしさ』


 皆様はどうのように聖書と出会ったのでしょうか?私は小学3年の頃、長兄の本箱にある新約聖書をそっと手にしたのが聖書との最初の出会いです。中学3年で母を亡くして失意の中にあった私に、級友の大木君が聖書と讃美歌をプレゼントしてくれたのが高校2年の時でした。 大学時代に読んだ亀井勝一郎著『青春論』にあったヨハネ8章の(姦淫の女)に対するイエス様の態度、大学院時代にリーディング・サービスをしていた中途失明の盲学校教師、鈴木彪平先生から教えられたヨハネ9章の(生まれながらの盲人)へのイエス様の態度、に感動し、イエス様をキリストとして受け入れるようになりました。

 17世紀の画家レンブラントは、子どもの頃から絵の天才ぶりを発揮し、金持ちの娘サスキアと結婚し、男児ティトスも与えられ順風満帆の生活でした。しかし36歳の彼は、注文された肖像画に明暗法という技法を用いて思わぬ悪評を受け、ほぼ同時に妻も死に、一転、極貧の生活に落とされてしまいました。でも彼は、それからは売れようが売れまいが、本当に自分が描きたい絵を描きました。その代表作が「聖書を読む母」です。ある日彼が貧しさの中で古い絵の具でも残っていないかと荷物の中をかき回していた時、お母さんの形見の聖書を見つけたのです。彼は、子どもの時にお母さんが聖書を読んで聞かせてくれたことを想い出したのです。読んでいくうちに、彼の目から涙が溢れ落ちました。「この世の中で、最後まで頼りになるのは、お金でもなく、名誉でもない。それは、この聖書、神さまのことばだけだ」ということに気づいたのです。

 聖書に出会った彼は、絵が売れなくても幸福でした。彼にとっては、神さまを信じること、神さまのことばに従うこと、イエス様を愛することだけが本当の自由であり、豊かさでした。63歳で亡くなったレンブラントの枕元には、絞りきってペチャンコになった絵の具のチューブと、3枚のつぎだらけの下着と、ボロボロになった一冊の聖書だけが残されていました。彼こそ、一生をかけて神さまの言葉を求め続けた画家でした。

  
 
 11月2日の説教要旨
  聖書  ローマの信徒への手紙 5:12〜21。
  説教  「アダムとキリスト」


 ロマ書5章は、1〜11節が「艱難から希望へ」という極めて格調の高い躍動的な内容であるのに対し、12節からは一転、暗い谷間に彷徨いこんだような感じになります。 バークレーは「この箇所ほどキリスト教の歴史に影響を与えた箇所はないが、同時にこれほど現代人に理解しがたい聖書箇所もない」と書いています。われわれは、アダムがエデンの園で犯した罪と、現代に生きる私たちとの罪を結びつけるのは理解できません。『民数記』7章のアカンは、禁じられた盗みの故に罰せられますが、厳しい裁きが彼個人にとどまらず、家族全体、民族全体に及んだのは現代のわれわれには理解しがたいことです。

 パウロは20節後半で「罪の増すとこには恩恵(めぐみ)も彌(いや)増せり」(文語訳)と言っています。三浦綾子さんの『氷点』に登場する辻口啓造は品行方正な人物ですが、不倫を犯した妻夏枝を許さず、殺人犯の子を育てさせるという卑劣な報復をすることで罪があり、夏枝は青年医師村井との不倫において罪がありました。このように人間は、パウロが「わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている」(『ロマ』7:19)と呻くような存在なのです。でも同時に、辻口啓造が聖書を持って教会の礼拝に出ようとしたように、また、嵐の中の洞爺丸で救命具を他人に渡す宣教師を目撃して深く自らを反省したように、善に向かおうと努力することのできる存在でもあります。

 イエス様の生活された時は、律法が世を支配していました。パリサイ派の人々や律法学者は絶えず批判の目で人他者を見、違反者を引っ捕らえてきて裁きました。周囲の悪を目立たせ、自分たちだけが正しいと誇示しました。そこにイス様の愛が登場し、人々を愛で覆い、その愛は裁きを征服し、凌駕してしまいました。パウロはここで「もう罪にびくびくしないで、イエス様の愛の中で、自由に、元気よく、喜んで、感謝して生きてゆきなさい!」という喜びと励ましのメッセージを語っているのではないでしょうか。

 
  10月19日の説教要旨
   聖書   ヨハネの黙示録 7:9〜17
   説教   「天国に市民権をもつ者


  この書物は、紀元95年に起きたドミティアヌス帝の 迫害で、地中海のパトモス島に流されたヨハネが書い たものであろうと言われています。皇帝ネロの迫害が ローマ市内に限定的であったのに対し、この時の迫害 は広く小アジア全体に及び、厳しい迫害の中、どうし て信仰を保つかは当時のキリスト者の大問題でした。

1.10節に、「救いは、玉座に座っておられるわたしたち の神と小羊とのものである」とあります。人間の根本的 な救いは、神と小羊(イエス・キリスト)からのみ来る と断言しています。他からは決して救いは得られない と言うのです。「賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、 威力」(12節)など全ては神にあると言っています。アー メン!です。天国の市民権は、「白い衣を着た者たち」 (13節)である主を信じるわれわれ一人ひとりに、例外 なく与えられるのです。

2.17節に、「小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導 き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれる」とあ ります。何と深い慰めと喜びと希望に満ちた言葉でし ょうか!私たち人間は長い人生の中、何度となく涙を 流す者です。苦しく、哀しく、時には憤って涙を流し ます。ダビデもそうでした。特に息子のアブサロムが 謀反を起こし、多くの者がダビデを捨てて彼のもとに 集まり、信じていた側近のアヒトフェルも寝返り、父 ダビデを滅ぼそうとエルサレムに進撃してきました。 ダビデは涙ながらに僅かな手勢のみで命からがらエル サレムを脱出しました。息子から命を狙われるなんて、 何という不幸でしょうか!信じがたい展開にダビデは 涙を流しました。涙の中で主の助けを祈りました。す ると神は、ダビデの頬を伝わる涙を自らぬぐい去って くださったのでした。

  ラザロの墓の前で涙したイエス様は、私たちの悲し みの涙をぬぐい去ってくださる愛のお方です。そんな イエスさまに従って生きて参りましょう!


 
 10月5日の説教要旨
   聖 書 ヨハネによる福音書 11:38〜44、
   説 教 「イエス様とラザロ」


 
これは、ヨハネによる福音書にのみ記された物語です。 大変有名なところですが、改めて共に学びたいと思い ます。

1.「さあ、彼のところへ行こう」(15節)。イエス様と弟 子たちは身の危険を感じてヨルダン川の向こう、ペレ ヤ地方に逃れていました。マルタ・マリアの求めに応 じてベタニア村に行きラザロを生き返らせれば、捕ら えられ殺されるのです。でもイエス様は「さあ、彼のと ころへ行こう」とおっしゃいました。死を覚悟しての出 発でした。愛していたラザロだから特別に、ではあり ません。主は信じて求める者すべてに、命をかけて来 て下さり、癒しを行ってくださる方であります。

2.「イエスは涙を流された」(35節)。
 英語ではJesus weptです。いつもは「彼らの目から涙を ことごとくぬぐわれる」(『ヨハネの黙示録』7:17)方な のに、ここではイエス様ご自身が涙を流されたのです。 まさに泣く者と共に泣かれたのです。これを見たユダ ヤ人たちは、「ご覧なさい、どんなにラザロを愛してお られたことか」(36節)と言っていますが、ここでもラ ザロだから特別に涙を流したのではありません。イエ ス様は今も、悩みと悲しみの中にある私どものために も涙を流してくださる愛の方であります。

3.「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝し ます」(41節)。これは時間経過上変です。これは墓の石 を取りのけさせた直後の言葉です。普通ならまず、「父 よ、どうかラザロを生き返らせてください」と祈り、そ れが実現したら、このように感謝の祈りをするもので す。でもイエスは最初から「わたしの願いを聞き入れ てくださって感謝します」と言っています。父なる神 への絶対的信頼・確信が表れている言葉です。そして 事実、「死んでいた人(ラザロ)が、手と足を布で巻かれ たまま出てきた」(44節)のです。

  私たちも、命を賭して私たちの傍らに来てくださる イエス様、共に涙を流してくださるイエス様、に絶対 的信頼を寄せて生きて参りましょう!

 
 9月21日の説教要旨
  聖 書 :ルカによる福音書 7:1〜10。
  説 教 :「百人隊長の信仰」
 

 この百人隊長は、人間として実に立派だと思います。人間としての美徳をみな持ち合わせている人です。何故なら第一に彼は、当時、物として扱われていた僕(奴隷)に対して並々ならぬ愛を注いでいます。第二に異邦人の彼は、互いに行き来のなかったユダヤ人と信頼関係を築いていました。第三に、「わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような人間ではありません」(6節)と言うように、とても謙虚な人でした。では、これらの美徳を総合判断してイエス様は、「わたしはこれほどの信仰を見たことがない」と言ったのでしょうか?違うと思います。イエス様は「ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕をいやしてください(7節)」と言ったこと、そして真の権威者は神お一人だと理解していたことの二つを評価されたのだと思います。ここは柳生直行訳の「そうすればわたしの僕はきっとなおりますから」の方が、百人隊長の心情に近いと思います。この方イエスなら必ず祈りを聞いて下さる、という絶対的信頼を主は喜ばれたのだと思います。「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」(『サムエル記上』16:7)とあるように、ユダヤ人長老たちは百人隊長が会堂を建ててくれたという行いを評価していますが、、イエス様はストレートに心(信仰)を見ています。

 昨日、Eテレで「こころの時代」という番組を見ました。下稲葉康之という75歳の牧師でホスピス委の方が出演していました。先生はキリスト者医師として、余命僅かな患者さんに〈最後のおもてなし〉をするのが私の仕事だと言っていました。先生が実に柔和な顔と優しい声で、番組の最後に、「聖書に、ソロモン王に神様が『何事でも願うがよい。あなたにあげよう』(『列王記上』3:5)と聞くところがあるんです。もし神様が同じことを私に言ってくださるとしたら、『25歳に逆戻りさせて下さい。そしてもう一度、牧師兼ホスピス医にして下さい』とお願いします」と答えていました。神への絶対的信頼が表れた素晴らしい答えに、私は感動を禁じ得ませんでした。

 私たちもまた、神様・イエス様への信頼に堅く立って、一日一日を希望をもって歩む者でありたいと思います。

 
 9月14日の説教要旨
  聖書   ヨハネによる福音書 4;1〜15。
  説教   『サマリアの女』


 これはヨハネ福音書だけにある記事です。ヨハネが共観福音書にはない記事、2章の「カナの婚礼」、3章の「ニコデモ」、8章の「姦淫の女」、9章の「生まれながらの盲人」などを書き残してくれたことは本当に嬉しいことです。2年前の11月、私はここを2回に分けて説教しましたが、今日は新たな思いでもう一度共に学びたいと思います。

 この女性はサマリア人であること、女性であること以外に、ふしだらな女として差別を受けていました。彼女には過去に夫が5人もおり、今は6人目の男と暮らしている程でした。普通女たちが水汲みに来るのは涼しくなる夕方でした。なのに彼女は人目を避けて猛暑の日中、一人水汲みに来たのです。でも彼女は、自分を深く恥じており、真実を求めていました。その女性にイエスは、自分の方から水を飲ませて欲しいと語りかけました。この女性の魂の渇きを知り、話しかけ、耳を傾けたのです。ここに主イエスの愛があります。

 しばらく女性の話に耳を傾けたイエスは、突然、「あなたの夫をここに連れてきなさい」と言います。アメリカのユニス・プレディは「イエスは、この言葉によって彼女のプライドを砕き、罪をはっきりと意識させたのです」と書いています。自分を偽ったままで、本当の自分を隠したままで、私たちは本当にイエス様に出会うことはできません。こうして主イエスに心から出会った彼女は、イエスをキリストと信じる者に変えられました。

 次に彼女がとった行動は、水の一杯入った水瓶を置いたまま村にとって返し、「わたしのことをすべて言い当てた人がいます。もしかしたらメシアかもしれません」と村人に語りました。伝道です。普通なら村人は「ふしだらな女」の言うことなど見向きもしないのでしょうが、彼女のひたむきさが人々にただならぬものを感じさせました。人々は続々とヤコブの井戸に出て行き、イエスに会い、話を聞き、主イエスを信じる者に変えられました。

 今の私たちはどうでしょうか?人々に、イエス様と出会った時の感動や、自分に起こった大きな変化を周りの人々に語っているでしょうか?もう一度信仰の火を燃やし、この女性のように「イエスこそキリストです!」と語る者にしていただきましょう。

 
 9月7日の説教要旨
  聖書  使徒言行禄 13:44〜52。
  説教 「広まる主の言葉」



 今日の聖書はパウロの「第一回宣教旅行」最中の出来事で、場所はピシディア州のアンティオキアです。安息日に会堂に出て行って説教をすると、多くの人が心打たれ、「次の安息日にも同じことを話してくれ」(42節)と頼みました。しかしこれはユダヤ人には許し難いことで、彼らは「この群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対」(45節)しました。この聖書から二つのことをお話しします。

 第一は「妬み」についてです。私は楽器が演奏できる人をとても羨ましく思います。ピアノやギターを弾きながら讃美歌が歌えたらどんなにいいだろーと思うからです。教則本を買って2〜3回チャレンジしましたが駄目でした。「自分には向いてないんだ」とすぐに諦めました。妬みになると、ことは深刻です。『創世記』4章にあるカインとアベルの物語、『民数記』にあるミリアムとアロンの、弟モーセへの妬みも同じです。彼らには一様に神の怒りが降り、ミリアムは重い皮膚病になり、アロンはネボ山で早くに死を迎えました。聖書は一人ひとりに「あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している」と言ってくださいます。他者と比べてナンバーワンを目指すのではなく、神を見上げてオンリーワンの感謝の人生を歩みましょう。

 第二は、パウロとバルナバが、迫害の中でも信仰を失わなかったことです。聖路加国際病院の創始者トイスラー宣教師は、荒れ果てていた病院を整備し、いよいよこれからという時に、関東大震災で病院が崩壊してしまいました。普通ならへなへなになってしまうところですが、彼はそうではありませんでした。アメリカの聖公会本部にこう打電しています。「神への信頼を除き、すべてが失われた!」と。この電文にトイスラー宣教師の並々ならぬ信仰を見ます。この電文は多くのクリスチャンの心を打ち、瞬く間に多くの医療機器・薬・献金が世界中から集まり、聖路加病院は再スタートを切ることができたとのことのです。

 私たちも、愛なる神様を見上げ、神への信頼を揺るがすことなく、パウロやトイスラー宣教師のような人生を歩みたいものです。

 
 8月31日の説教要旨
  聖書  エフェソの信徒への手紙 4:25〜32
  説教  『新しい生き方』

 エフェソ書は、パウロがローマの獄中で書いた手紙で、「手紙の女王」と呼ばれてきました。今日学ぶ4章は、キリスト者へ新しい生き方を勧める箇所です。古い人を脱ぎ捨て(22節)、新しい生き方をせよと勧めています。25節以降、これでもかという位次々と、為すべき善、捨てるべき悪が列記されていますが、その中で特に(1)怒りに遅くあるべきこと、(2)偽りを捨てて真理に生きるべきこと、の2点についてお話ししたいと思います。

 私は怒りっぽい性格ですが、幸い長続きはしません。パウロは「日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません」(26節)と教えています。サタンの誘惑に陥る危険があり、怒っている心は健康なものではないからです。イエス様の示す愛にも反します。もちろん人間怒るべき時には怒らねばなりません。『マルコ』3章で、安息日に片手の萎えた人をイエス様が癒すかどうかを伺っていた律法学者やファリサイ人を、主イエスは激しく怒りました。彼らの愛のなさを怒ったのです。でも些細なことでいつまでも怒っていると、取り返しのつかないことになります。二度と顔を見たくない、二度と口もききたくないという人間関係は不幸です。シスターの渡辺和子さんにも、どうしても好きになれない人(「ピーマン的存在の人」)がいましたが、距離を置きながら穏やかに暮らしていたそうです。

 正直・真理にに生きることは極めて難しいことですが、神様の喜ばれる新しい生き方に通じます。グンゼ(郡是)を起こした波多野鶴吉は、ただ安ければよい製品ではなく、最高の製品を作ることに努力しました。アメリカに輸出した絹製品を入れた大きな箱は、上から下まで最高級のものでした。「グンゼの品物は点検する必要がない」とまで米国最大の商社から太鼓判を押されました。自らは社員と同じ工場内の長屋に住み、敷地を箒で掃き、女工には綺麗な寮を建て、敷地内に高校を建て、「グンゼは表は工場だけど、裏は学校だ」と評判になりました。彼の生活の基はキリスト信仰にあり、「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」(『マタイ』7:17)にありました。私どもは、少なくとも良い木になろうと努力した彼の真実に学びたいと思います。


  8月17日の説教要約
   聖 書  ヘブライ人への手紙 12:3〜13。
   説 教  『主に従う道』


 信仰者の一生は「主に従う道」でありますが、ここではマラソンのような長距離走にたとえています。そこには幾多の困難が待ち受け、ゴールにたどり着くのは大変です。でも私たちの人生のゴールであるイエス様は、同時に一緒に走ってくださる伴走者でもありますから感謝です。

 11章からヨセフやモーセなど6名の信仰の先達を引用して、彼らが「信仰によって」困難を乗り越え、見事に人生を走り抜いたことを書いています。同時にそこには神様の遠大な計画があり、神様の摂理が働いていたことを思い起こさせてくれます。もし兄弟たちがヨセフを売り飛ばさなかったら、もしポティファルの妻が夫に頼んでヨセフを牢屋に投げ入れなかったなら、やがてヨセフがファラオの夢を解き、30歳の若さでエジプトの総理大臣になり、父や兄弟との涙の再会と和解は起こらなかったでしょう。神はこのようにマイナスと思われることをプラスに変える愛の方であります。

 また、6節に「主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれる」とあります。『逆境の恩寵』の著者徳永規矩(もとのり)さんは、明治の初め横浜でバラ宣教師によって信仰を授けられました。しかし若くして結核に罹り、5人の子どもを抱えながら貧しさのどん底の生活でした。米びつに一粒の米もないある夜、見知らぬ人から米2俵をいただきましが、泥棒に盗まれてしまいました。悲しむ子どもたちを枕元に呼び、「我が家にも人にあげるものがあったこと、我が家には人のものを盗む者が一人もいないこと、一人一人の心には誰からも盗まれないイエス様の愛の希望があること、を神様に感謝しよう」と話したとのことです。著書に「この逆境こそ神の与えた恩寵だ。神は自分を憐れんで一つの棘を与え、体の自由を奪い、それによって我が身を神に献げる幸福を得させてくださったのだ」と書いています。

 試練の最中にはとてもこのような心境になれない弱い私どもですが、共にいて下さる主イエスを信じつつ必ずや豊かな「実を結ばせ」(11節)ましょう!
 
  8月10日の説教要旨
  聖書  Tコリント信徒への手紙 12:14〜26。
  説教  「キリストの体」


 パウロは「第二回伝道旅行」の折、コリントに1年半滞在しました。「多くの人々も、パウロの言葉を信じ、洗礼を受け」(使徒18:8)、伝道は成功しました。しかし妨害も増え、恐れを覚えるパウロに主は、「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる」(使徒18:9)と励ましました。やがてエフェソに移ったパウロに、コリント教会の様々な問題が知らされました。@分派争い、A性的堕落、B信者間の裁判、などの問題でした。パウロは、あなたがたの体は、神からいただいた聖霊の宮であり、あなたがたの体はもはや自分自身のものではないのです、と厳しく注意しています。パウロはここで教会を人間の体に例え、体のすべての部分がその役割を果たしながら体の健康を守っているように、教会の中でも主にあって一つになるべきことを訴えています。パウロの訴えようとしたことは下記の3点ではないでしょうか。

1.教会の中では一人一人が必要な存在であり、互いに尊敬しあい、同情しあうことが大切です。人を理解する(under-stand)には(下に・立つ)姿勢が必要です。すぐに自分が正しくあの人は間違っていると人を裁く「ファリサイ的キリスト者」にならないように気をつましょう。

2.教会の中に不必要な人は誰もいません。一人一人神から愛され、創られ、「あなたは高価で貴い」と言われる存在です。その人を否定することは創り主である神を否定することです。人を無視し仲間はずれにすることは、その人を愛しておられるイエス様を無視し仲間はずれにすることです。

3.マザー・テレサは毎朝一番に「主よ、今日一日、貧しい人や病んでいる人を助けるために、わたしの手をお望みでしたら、今日、私のこの手をお使いください。主よ、今日一日、友を欲しがる人々を訪れるために、私の足をお望みでしたら、今日、私のこの足をお貸しいたします。主よ、今日一日、優しい言葉に飢えている人々と語り合うため、私の声をお望みでしたら、今日、私のこの声をお使いください」と祈りました。

 2000年経った今日も尚、キリスト教会内での問題が聞こえてきます。互いに愛し合い、尊敬し合い、私たちの体のすべてを主のために用いていただく中で、主が喜ばれる教会の歩みを作り出したいものです。


 
  8月3日の説教要約
  聖 書 マタイ 5:9。
  説 教 「平和の大切さ」


 本日は教団では「平和聖日」と定められています。6日 の広島、9日の長崎、15日の終戦の日を思います。今日 与えられた聖句は、山上の説教冒頭の(8つの至福)の 中の一つです。私は、「幸福(さいわい)なるかな、平和 ならしむる者、その人は神の子ととなえられん」という 文語訳が好きです。ここで幸いと訳されている「マカ  リロス」という言葉は、心の中から湧き上がってくる喜 びであり、偶然の出来事や周囲の変化に左右されない もので、イエス・キリストに従って歩むことによって のみ得られるものです。

  イエス様はここで「平和を実現する(作り出す)者  は幸いである」と言っています。戦争中強要された「宮 城遙拝」などが再び起こらないように、「わたしたちは 聞いたことにいっそう注意を払わねばなりません。そ うでないと、押し流されて」(『ヘブライ』2:1)し まいます。

  私の友人である土屋圭司(けいし)さんは、広島に原 爆が投下された時、学徒動員で江田島の基地にいまし た。すぐに広島に救助に出かけ、「黒い雨」を浴びまし た。終戦後中学校の教師をし、カブトガニ研究の第一 人者としても知られましたが、「ノーモア・ヒロシマ」 のために絵本を描き、アメリカにまで講演旅行をしま した。今も平和を作り出すために働き続けるキリスト 者の一人です。

  アメリカの首都ワシントンの公園に、古い回転木馬 があります。差別を受けていた黒人たちが、キング牧 師の指導の下、南部モントゴメリー市でバスに乗車し ない運動を展開し、勝利を得ました。そして、白人の 子どもだけが乗っていたモントゴメリー市の公園の回 転木馬に、黒人の子どもたちも一緒に乗るようになり ました。平和の大切さを忘れまいとその回転木馬は首 都ワシントンに移され、今も平和を作り出すために動 いています。

  私たちも、主イエスに繋がりながら、平和を作り出 す一人一人にさせていただきたいものです。

 
  7月20日の説教要約
    聖書   詩編 52:1〜11
    説教   「御名に望みをおく人生」


 私は伝統的な立場に立って、この詩はダビデ王が教訓(マスキール)として書いたもので、ダビデが僅かな手勢と共に命からがらサウル王から逃れ、ノブの祭司アヒメレクからパンと剣を譲り受けたことがこの詩の背景であるとして、3000年後に生きる皆様に、二つのことをお話しいたします。

 第一は、3〜4節の「力ある者よ、なぜ悪事を誇るのか。お前の考えることは破滅をもたらす」という聖句についてです。8月が近づくと私は平和の大切さを思い起こします。6日広島、9日長崎、15日終戦の日が近づくからです。力の誇示(悪用)の最大のものは戦争でしょう。戦争がもたらすものは、心と体の癒しがたい傷です。岩村昇医師がフィリピン滞在中のことです。乗っていたタクシーがパンクしたので、外に出て手伝おうとすると、運転手さんの顔や腕の傷跡に気づきました。思わず「交通事故の傷ですか?」と聞きました。すると運転手が「この日本人め!とっとと消え失せろ!代金なんか要らねー!」と怒鳴りだしました。彼は第二次世界大戦中に日本兵によって傷つけられたことを思い出し、怒りを止めることが出来なかったのです。

 第二は、10〜11節の「わたしは・・・世々限りなく神の慈しみに依り頼みます。御名に望みをおきます」という聖句についてです。日本ライトハウスを創設した岩橋武夫さんは、早大在学中に網膜剥離で失明しました。生きる希望を失った岩橋さんは自殺を企てましたが、母に抱き留められ、「死なないでおくれ!私のためにも生きておくれ!」と言われました。やがて学んだ点字で最初に読んだのが、イギリスから届いた点字の聖書でした。そこで彼は有名な『ヨハネ伝』9章に出会います。生きる希望を与えられた岩橋さんは、妹さんの助けを得て関西学院大学に学び、後にイギリスのエジンバラ大学で学びました。 母の愛の爆発で自殺を思いとどまった岩橋さんに、聖書の言葉が届き、希望の光が差し込み、宿命から使命に大きな転換が起こりました。それだけではありません。愛する妹さんは岩橋さんの学友と結ばれ、妹さん・お母さんもイエス様を信じる者に変えられました。
 このように、神の慈しみに依り頼む人間を、御名を希望とする人間を、神は必ず豊かにかえりみてくださいます。

 
  7月6日の説教要旨
    聖書  使徒13:1〜12
    説教  「宣教への派遣」

 使徒言行禄13章からは、パウロの「第一回宣教旅行」 についての記述です。エルサレムで激しい迫害がおこ り、逃れてきた信者たちの一部がアンティオキアに住 み始めました。そこにエルサレム教会からバルナバが 送り込まれ、そのバルナバによってパウロも仲間に加 わりました。
  ここは異邦人伝道(世界伝道)の拠点となり、信者 が初めて「キリスト者」と呼ばれるようになった所で す。弟子たち個人の能力によってではなく、聖霊がす べてをリードして世界伝道が始まりました。そのため に、陰になって努力し貢献したのがバルナバです。

(1)バルナバは、聖霊を受けて力強く語るペテロたち の証は真実だと確信しました。彼は、持っている畑を 売り払い、その代金を弟子たちの足下に差し出し、主 イエスの弟子になりました。喜んで神のために献げる バルナバを見習いたいと思います。

(2)バルナバの素晴らしさの二番目は、自分が脚光を 浴びる欲をもたず、神様から5タラントン預かってい るような神の人パウロを表舞台に立たせることに意を 用いたことです。パウロが、自分は復活のイエス様に 出会って回心したと主張しても、弟子たちには俄に信 用できないことでした。そんな時、仲介の労をとった のがバルナバでした。一度ならず何度も労を惜しまぬ バルナバの愛と謙遜さに見習いたいと思います。

(3)バルナバは「立派な人物で、聖霊と信仰に満ちた」 (11:24)人でした。それと同時に彼によって「多くの 人が主へと導かれ」(24節)ました。主を信じる私たち も、バルナバの主の愛の素晴らしさを伝える態度を見 習いたいと思います。元大リーガーで大衆伝道者のビ リー・サンデーは、「毎日15分聖書を読み、15分祈り、 15分福音を語り、15分愛の実践をしなさい」、と語り続 けた人でした。恐れず伝道する者になりたいものです。

 バルナバは、こうしてパウロと共に故郷キプロスに帰 り、地方総督までもが主イエスを信じる者に変えられ るという奇跡を見る栄誉に浴しました。


 
  6月29日週の説教要旨
   聖 書   詩編 74:9〜17
   説 教   「愛と力の右の御手



 詩編74編は、バビロン捕囚が背景になっています。なぜ民族の多くが外国に囚われるような不幸がふりかかったのか、詩人は良く分かっていました。民族全体が真実の神を信ぜず、偶像礼拝に走ったからです。詩の中に、「主よなぜですか!」という意味の言葉が4回も出てきますが、なぜと訳された言葉(ラーマ−)は、「ため息」とも訳せるへブル語です。自分たちに責任があることを知りつつ、尚も、なぜですかとため息混じりに主に訴えています。

 11節に「なぜ、手を引いてしまわれたのですか。(なぜ)右の御手は、ふところに入れたまま」という印象的な言葉があります。手、右手、それは神の力・権威・愛の象徴です。空腹に不平を漏らす出エジプトの民に、神はモーセを通して「主の手が短いと言うのか。わたしの言葉どおりになるかならないか、あなたに見せよう」と言われました。同時に私たちは働くため、学ぶため、祈るため、他者をいたわるためと、手を様々に用います。

 16世紀に、ドイツのアルブレヒト・デューラーが描いた「祈りの手」という名画があります。ぴったり合わされて祈る手だけを描いた絵です。これは画家を目指していたデュ−ラーと親友のハンスが作り出した名画です。
 ハンスが鉄工所で何年も働き、まずイタリアのベネチアに留学したデュ−ラーに仕送りをしました。数年経って故郷で再会したハンスの手は、指が曲がり、あちこちに火傷の後遺症が残り、もう絵筆を持てない手になっていました。親友の犠牲の上に絵の勉強をしたと、デューラーは悩みます。ある日訪ねた家の中で、ハンスは両手を合わせて「神様、どうかデュ−ラーがこれ以上苦しむことがありませんように。そして、私が果たせなかった画家になる夢を、彼が叶えてくれますように!」と祈っていました。感激したデュ−ラーが懇願して描いたのが、親友ハンスの「祈りの手」でした。

 何という素晴らしい友情でしょうか!絵を描く手、仕送りのために火傷も恐れず働く手、赦しの祈りをする手、名作として後世に残された絵の中の祈る手。私たちも神さまを忘れることなく、祈り、働き、学び、他者をいたわるために手を用いさせていただく人生を送りたいものです。


 
  6月15日の説教要約
   聖書  ヨハネ 5:1〜9  
   説教  「助けてくれる人のいない病人」

 イエス様は祭りの賑わいには目もくれず、一人、回廊に横たわる病人たちの所に来られました。そこに38年も病気で苦しんでいる男がいました。彼は水が動くとき、真っ先に池に入って治りたいと思っていましたが、誰も助けてくれる人がいませんでした。こうして38年、人生のほとんどを病の中で過ごし、きっとあきらめの思いの中にあったと思います。『使徒』3章に記されている「生まれながら足の不自由な男」が、ペトロとヨハネに病気の癒しを願わず、施しを期待したのと同じようにです。この物語から二つのことを感じます。

 第一は「良くなりたいか」との問いです。これが38年も病気で苦しんでいる人への問いでしょうか?ナンセンス!考えられない質問!のように感じます。でも、この問いには「本当に治りたいのか」、「本当に変えられたいのか」「わたしにその力があると信じるのか」など、様々な愛の思いが凝縮されていると思います。私たちが主イエスに心の底から熱烈に求めるとき、主イエスの力は働きます。

 第二は、「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです」(7節)という箇所です。何という哀しい話でしょうか!マルコ2章の中風の男には、親切で向こう見ずな男4人が助け手となりましたが、この男は一人ぼっちです。これがこの世の現実でしょう。

 日本の幼児教育に多大な功績を残したキュックリッヒさんは、1895年12月25日(クリスマス)にドイツの牧師の家に生まれました。8歳で大好きな母親を亡くし、結婚して僅か3日目に夫を戦争(第一次世界大戦)に送り亡くしました。悲しみの中、何も出来ない毎日の中でやっと開いた聖書。最初に目にとまったのがこの物語でした。何度も読み何度も聞いた話でした。でもこの時の彼女は、どこまでも病人を愛し、病人に尽くすイエスさまに感動しました。そして、「そうだ、わたしはこのような苦しみ悩みの中にいる人たちを、池の中に入れてあげる人になろう!」と決心しました。24歳で来日した彼女は、東京や埼玉で宣教師として働き、同時に「愛の泉」という300人規模のホームを創設し、保育者を育てる学校を創設しました。

 イエス様は今も私たちに同じ問いをしています。「本当に治りたいのか」、「本当に変わりたいのか」、「わたしにその力があると信じるのか」と。


 
  6月8日(ペンテコステ)の説教要旨
   聖書  使徒言行録 2:1〜4、
   説教 「聖霊の賜物」


 聖霊降臨日の合同礼拝を、このように会堂一杯の皆様と共に守ることができ感謝です。約2,000年前のこの日、イエス様が生前約束したように、激しく聖霊が弟子たちに降りました。弟子たちは力を得、人が変わったように伝道に励み、イエスを信じる者が続々起こされ、教会が生み出されました。「教会の誕生日」とも呼ばれる所以です。この日120人もが一ヶ所に集まっていました。心を一つにして、祈りつつ、イエス様の約束した聖霊を待っていました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」(使徒1:8)との予告が実現したのです。三つのことを短く申し上げます。

 第一は、ペテロはイエスを捨てたがイエス様はペテロを捨てなかった、ということです。復活のイエス様はまず第一にペテロに現れ(Tコリント15:5)、ペテロの弱さや裏切りを断罪せず、わたしを愛するかと三度お聞きになり、ペテロに再び群れのリーダーとして働くことを求められました。「この人による以外に救いはない」(使徒4:12)と力強く語るペテロの前で、一日に何と3,000人もの人が主を信じる者に変えられました。

 第二は、教会の誕生日である今日は、教会が生み出した幼稚園や保育園の誕生日でもあるということです。古屋治雄先生は「弟子たちの上に聖霊が降り、教会が誕生したのです。私たちが今属しているそれぞれの園は、この教会が誕生した出来事にルーツをもっています」(『キリスト教保育』6月号)と書いています。アンダーソン宣教師は、聖霊に押し出され、イエス様の愛に押し出されて、栄光学園の基を築かれたのです。

 第三は、聖霊は空気のように今も私たちを取り囲み、愛と勇気と力の源泉となっていてくださるということです。エイクランド婦人の娘が突然、熱の発作に襲われました。幸いしばらくしておさまった時、階段に腰掛けた娘はお母さんに「イエス様が来て、いつも、わたしたちの家にいて下さったらいいなー」と言いました。「イエス様はここにおられるのよ!」と母は優しく答えました。そうです。イエス様は目に見えない聖霊となって、昔も今もこれからも、私たちの傍にいてくださるのです。

 
 6月1日の説教要旨
  聖書 ヨハネ 17:1〜5。
  説教 「永遠の生命」


  教団の聖書日課が示した聖書から、今日もご一緒に イエス様のメッセージを聞き取りましょう。

  今日の聖書に複数回用いられている言葉が二つあり ます。栄光(5回)と永遠の命(2回)です。栄光につい ては先週の説教で学びました。永遠の生命は、もちろ ん不死のことではありません。アイオーニオスという ギリシャ語が永遠と訳されましたが、意味的には、「不 動の」とか「真実の」とか「愛の」に、より近い言葉 です。金持ちの青年が「先生、永遠の命を得るには、ど んな善いことをすればよいのでしょう」(マタイ19:16) と尋ねたことが思い出されます。
  イエス様は祈りの中で、「永遠の命とは、唯一のまこ との神であられるあなたと、あなたのお遣わしになっ たイエス・キリストを知ることです」と定義していま す。神様・イエス様の愛から来るものです。だから、 神様・イエス様に繋がっていて初めて得られるもので す。

  1955年12月1日、今からもう60年も前です。アメリ カ南部のモントゴメリー市、朝の満員バスでローザと いう若い黒人女性が白人男性にバスの座席を譲りませ んでした。ローザは警察に連行されました。このこと を知ったキング牧師は立ち上がり、バスに乗らない運 動を提唱しました。382日も続きました。困った白人た ちは、指導者であるキング牧師に次々と嫌がらせや迫 害を加えました。争乱を扇動したかどで裁判にも訴え ましたが、最終的に最高裁判所は、「モントゴメリー市 のバス会社が、白人と黒人のお客を差別しているのは 合衆国憲法に違反している」との判決を下しました。
 
  1963年に行われたキング牧師の「私には夢がある」 という演説はとても有名で感動的です。特に「私には 夢がある。私の4人の幼い子どもたちが、いつの日か 肌の色ではなく、人格そのものによって評価される国 になるという夢です」は胸に迫ります。
 
  キング牧師は39歳の若さで凶弾に倒れました。しか しその人生は、ノーベル平和賞受賞に象徴されるよう に、神に栄光を帰し、神から栄光を与えられ、永遠の 命を歩んだ人生でした。

 
 5月25日の説教要旨
  聖書   ローマ 8:22〜28
  説教   「万事を益とされる主」


今日はロマ書8:28だけに集中して学びたいと思います。これは多くの人々に愛されてきた有名な言葉です。文語訳では「神を愛する者、すなわち、御旨によって召されたる者の為には、凡てのこと相働きて益となるを、我らは知る」とあり、柳生直行訳は「神を愛する者、神の御計画に従って召し出された者のために、神は人生のあらゆる出来事から幸福な結果を生み出してくださる、ということをわたしたちは知っている」とあります。ここから三つのことを申し上げます。

 第一は、我々が人生の苦難・試練・悲しみと思うことを、益に、善いことに、幸福に、変えてくださるのは神であるということです。柳生訳では明確に「神は・・・してくださる」と訳しています。文語訳や新共同訳ではそのところが分かりにくいので、このことを第一にお話しておきます。

 第二は、これはすべての人に起こることではないということです。聖書にはっきり、「神を愛する者には」と書いています。「神を神としてあがめ」(ローマ1:21)ている者にのみ起こるのです。不公平でしょうか?そうではありません。すべての出来事の中に神の支配と配慮を信じている者、神様・イエス様は、苦しい時悲しい時には、私どもを背負ってくださることを信じる者にのみ起こるのです。水野源三さんの重い病気はずっと治りませんでした。でもそんな源三少年の心に、宮尾髢M牧師の語る神の愛のメッセージが染みこんだ時、源三さんも家族も、最早病気を神の罰とは考えず、神の恵みと考えるように変えられました。同じ病・困難を悲しみと受け取っていたのが、神によって、幸福と思うように変えられたのです。

 第三は、この変化は、単にその人個人に及ぶのではなく、周囲の、神を愛する者すべてに及ぶということです。先日の聖書研究会で証をしてくださったこの教会出身の西間木牧師は、大学4年の時重い病気に罹り、貧しさも重なり大変な試練に投げ込まれました。そんな時所属教会の牧師が、会堂清掃に行った帰りにそっと封筒を渡し、「これは神様からの励ましのプレゼントだよ」と献金してくださったとのことでした。何回もです。教会の婦人の方たちは、手料理で西間木さんを助けてくれました。ある宣教師も愛の手助けをしてくれました。これらの愛が一つになって、西間木さんを献身へと導いたのです。恵みは西間木さん個人に留まったのではありません。教会の牧師・婦人たち、宣教師、そして今、西間木さんが牧会している教会の皆様にまで、恵みが及んだのであります。正に神は、「人生のあらゆる出来事から幸福な結果を生み出してくださる」愛の方であります。

 
 5月18日の説教要旨
  聖書  ヨハネ15:1〜11。
  説教  「神の民」


 今日の聖書は、「ぶどうの木の例え」として良く知られています。ぶどうの木は、旧約聖書ではイスラエル民族のことを表しています。例えば、「イスラエルは伸びほうだいのぶどうの木。実もそれに等しい」(『ホセア書』10:1)と書かれています。愛なる神を忘れ偶像崇拝に走ったイスラエル民族は〈堕落したぶどうの木〉でありました。そこに主イエスが〈まことのぶどうの木〉として登場しました。二つのことをお話しします。

1.実を結ばない枝とは何か?具体的にはイエス様を拒否したユダヤ人たちのことを指しています。彼らは神の子であり救い主(キリスト)であるイエス様との繋がりをもちませんでした。枝がすべての養分や水を木の幹からいただくように、私たちもイエス様から愛も勇気も希望もいただくのです。ではどうしたらイエス様に繋がり続けることが可能なのでしょうか?第一は群れから離れないことです。イエスを裏切った弱い直弟子たちは、群れとしてとどまったが故に復活のイエスに再会でき、人生の再スタートが切れました。第二は祈り・聖書拝読・愛の実践の毎日の繰り返しです。それでも繋がりから離れ実を結ばないとしても、イエス様は私たちの前に立って「御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください」(ルカ13:9)とかばってくださいます。

2.実を結ぶ枝とは何か?それは勿論この世的な成功でもなく、信仰上の成功でもないでしょう。カルヴァンは「実を結ぶということは言うまでもなく善を行うことである」と書いています。主に繋がっていることによって自然に善を行い、神に栄光を帰す人生が送れること、そのことこそ実を結ぶことでありましょう。デパート王と呼ばれたアメリカのジョン・ワナメーカーは、貧乏な家庭に生まれ、13歳で印刷屋の使い走りとして働き始めました。やっと貯めたお金で母にネックレスを買いに行ったお店で、「いったん触った品物は買ってもらわなければ困る」とか「一度買った商品は他の品とは交換できません」などとひどいことを言われ、「よーし、将来は洋服店を自分の手でつくってみせる」と決心し、アメリカに初めてのデパートをつくった人です。彼は人の2倍も働き、貯金もし、勉強を怠りませんでしたが、何よりも素晴らしいのは日曜日でもお店を閉め教会に通ったことです。84歳で亡くなった彼の遺言は、「考えて、試みて、努力して、後は神様にお任せする」でした。

 我々神の民には、このように主にあって豊かな実りの人生が約束されています。信じつつ力強く歩んで参りましょう!

 
 5月11日の説教要旨
   聖書  ヨハネ 13:31〜35
   説教  「キリストの掟」


 今日は「母の日」です。おそらく主が示された愛に最も近いであろう母の愛を思いながら、今日一日を過ごしたいと思います。

最初に今日の聖書から2カ所、少し説明しておきます。第一は「栄光」についてです。この短いところで4回も栄光という言葉が用いられています。イエス様は地上での生涯を愛を基としてお過ごしになり、十字架では謙遜と従順によって、神に栄光を帰されました。同時に神様の愛の計画を完全に遂行したことによって、ご自身も神から栄光をお受けになりました。第二は「新しい掟」の、新しいという言葉についてです。Tヨハネ2:7には「わたしがあなたがたに書いているのは新しい掟ではなく、あなたがたがはじめから受けてきた古い掟です」と書いています。神は愛なのですから、人類の最初から神の愛は存在していたはずです。しかし律法によって形骸化してしまった愛に、イエス様はご自身の生と十字架と復活によって新しい命を吹き込みました。古くからあった掟はこうして「新しい掟」に変えられたのです。そのイエス様の愛は次の四つに大きな特色があると思います。

1.私心のない愛。私たちは無意識にでも他者を愛することから、自分が何かを得られるように思っています。また「愛は幸福への切符」であるように錯覚しています。愛のもつエゴに悩んだ有島武郎は、『愛は惜しみなく奪う』と書きました。それが現実です。でもイエス様の愛は私心のない愛でした。

2.犠牲を伴う愛。イエス様は十字架につけられる直前、鞭で打たれ、つばをかけられ、目隠しをされて叩かれ、十字架から降りて来い、などと痛みと屈辱の限りを味わわれました。このように真実の愛は痛みや屈辱をを伴うものであり、私どもに何らかの十字架を背負うことを求めるものです。

3.愛するに値しない者を愛する愛。イエス様は弟子たちの弱さを知っておられました。群衆の心の変わりやすさも知っていました。律法学者やファリサイ人の自分のみが正しいとする頑なさも、ピラトが最も大切にしているのは自己の保身であることも知っていました。その上で、すべての人を愛し抜かれました。ここに新しい愛、新しい掟があります。

4.赦しの心をもつ咎めない愛。イエス様は裏切り者の弟子たちを一度も咎めていません。復活して再会してもそうでした。弟子たちは必ずイエスの愛に戻ってくるという確信がありました。あたかも放蕩息子を待ち続けたあの父親のようにです。イーヴァントは「人間は神抜きで生きることが大好きであるが、神はそうではない」と言いましたが、正にそうです。

 私どもにはとても真似することのできないイエス様の愛です。でも愛の手本を示されたイエス様を見上げて、今週もまた生きて参りましょう!
 
  4月27日の説教要旨
   聖書  ヨハネ21:15〜19。
   説教  「復活のイエスとペトロ」



 復活されたイエス様は、ガリラヤ湖畔にいた7人の弟子たちに現れました。これで3度目でした。イエスが弟子たちと朝食を共にした後のペトロとの会話が、今日の聖書箇所です。三つのことを申し上げたいと思います。

1.どうしてイエス様は、「この人たち以上にわたしを愛しているか」と聞いたのでしょうか?イエス様はこの問いかけによって、ペトロに弟子集団のリーダ−になることを求めたのだと思います。使徒言行録には、ペトロが欠けた1名の弟子としてマティアを選び、一致団結を求め、聖霊の助けをいただいて「この方以外に救いはない」と力強く伝道して多くの人々を主に導くなど、リーダーとして十分な働きをしたことが分かります。

2.どうしてイエス様は三度も「わたしを愛しているか」とペトロに聞いたのでしょうか?少々しつこいのではないでしょうか?三度も念を押されたペトロはさすがに「悲しくなっ」てしまいました。でもここにもイエス様の愛が隠されています。ゆっくり三度問いかけることで、ペトロに悔い改めさせ、イエス様への愛を再生させ、死をも乗り越える信仰を確立したのです。イエス様は、最初の2回は「アガペーの愛で私を愛しているか」と聞いていますが、3回目は「フィリア(兄弟愛)で私を愛しているか」と聞いています。自分を裏切った弱いペトロを赦し、しかも自分が師でペトロが弟子という縦の関係でなく、今や互いに友であると言ってくださっています。何と深い、何と優しい愛のお心でしょうか!

3.イエス様は最後にペトロの死に方を予告します。シェンケビッチの書いた『クオ・ワディス』の最後に、変装してローマを脱出するペトロが、アッピア街道でローマに向かって歩むイエスに再会する場面が出てきます。ペトロが「主よ、どこへ行かれるのですか」(クオ・ワディス・ドミネ)と聞くと、復活のイエスは「おまえがわたしの民を捨てるなら、わたしはローマへ行ってもう一度十字架にかかろう」と言います。ペトロはローマに戻り、ネロに捕らえられ、逆さ十字架に掛かって殉教したと伝えられています。

 信仰をもって生きることは、時には命を献げ、世に理解されず憎まれ、戦いの人生を余儀なくされることです。でも確信と喜びをもって「(イエスの)ほかのだれによっても、救いは得られない」(使徒4:12)と伝えつつ、生きて参りましょう。

 
 
 4月13日の説教要旨
  聖書   マルコによる福音書 15:21〜25。
  説教   「受難とキレネ人シモン」


 今日から「受難週」に入りました。主のみ苦しみと深い愛を覚えて、一週間を過ごしたと思います。今日はキレネ人シモンとその家族に起こったことを共に考えたいと思います。

 キレネは今の北アフリカ、リビアにある都市です。おそらく彼は、長い間聖地巡礼を夢に見て、こつこつお金を貯めて、遂に過越の祭りに合わせて1,600キロもの距離を旅して、この日の早朝エルサレム神殿に向かって歩いていたのでしょう。偶然そこで、十字架の横木を背負わされふらふらになって歩く主イエスの隣になりました。するとローマの兵隊の槍で肩をたたかれ、イエスの十字架を無理矢理背負わされることになりました。貧乏くじの極みです。刑場までの道は1キロ足らず。シモンはそこまで十字架を担ぎ上げました。おそらく、時は紀元29年でしょう。

 それから何十年か後に書かれた新約聖書に、シモンと彼の家族のことが書かれています。「アレクサンドロとルフォスとの父で、シモンというキレネ人」(マルコ15:21)、「アンティオキアでは・・・ニゲル(二グロ、黒人)と呼ばれるシメオン(シモン)」(使徒13:1)、「主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです」(ロマ書16:13)。この三つの聖書箇所は、シモンと妻と二人の息子は、全員パウロやバルナバの近くで生活するクリスチャンだということを教えてくれます。無理矢理十字架を担がされ、大きな屈辱を経験したのに、後にシモンだけでなく家族全員が主を信じる者に変えらていたのです!何と素晴らしいことでしょうか!あの日あの時、イエス様とシモンの間に何があったのでしょうか?ある牧師は説教の中で「イエス様はたった一言『有難う!』と感謝の言葉を述べたのではないか」と推測しています。そうかも知れません。でも聖書には何も書かれておらず、推測するしかありません。でも、次の三つは確実に言えるのではないでしょうか。

1.イエス様の受難を、ほんの少しでも共に担ったのはキレネ人シモンだけであったこ と。

2.シモンも活躍していたアンティオケア教会から異邦人伝道が展開され、遂には日本 にまで福音が届いたこと。今、我々日本人が信仰をもてるのも、ある意味、キレネ人 シモンのお陰であること。

3.主が介入されれば、苦しみや屈辱がやがて大きな喜びに変えられること。「すべての こと相働きて益となる」(パウロ)こと。
 
 4月6日の説教要旨
   聖書  マルコ 15:1〜5
   説教   「受難とピラト」

 総督ピラトはなぜ、イエスが無罪であると確信しながら、最終的にイエスを十字架刑に処することを許したのでしょうか?

 ローマ帝国は当時、地中海沿岸に広大な属州(植民地)をもっていました。そこにはローマから有能な人材を総督として派遣し、統治させていました。ピラトはその一人で、ユダヤ・サマリア・イドマヤを統治する総督でした。総督たちは強大な権力と富を手中にしていましたが、彼らの願いは、無事にその役目を終え、ローマに戻り、ローマ皇帝から誉められ、更に高い地位に昇進することでした。

 ピラトは、祭司長たちがイエスを訴えているのは妬みのためであること、死刑にする理由は何もないことが分かっていました。更に妻からは、「あの正しい人に関係しないでください」(『マタイ』27:19)と強く依頼されていました。そこで、「この男は死刑にあたるようなことは何もしていない。だから鞭で懲らしめて釈放しよう」と提案しました。しかし扇動された群衆は、「その男を殺せ!」と狂ったように叫び続けました。民衆の暴動を恐れたピラトは次に、当時の祭りの度ごとに囚人を一人釈放する慣習を思い出し、イエスを釈放しようと提案しました。でも群衆は納得せず、彼らの中から「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない」(『ヨハネ』19:12)という言葉を聞くのです。大変です!これはピラトが最も恐れていることです。皇帝に嫌われれば自分の政治生命は絶たれます。自分の命さえ危うくなります。この言葉にピラトは、罪がないと知りつつイエスを十字架刑に処することを許可しました。ただただ、自分の身を守るためです。

 何と卑怯な男でしょうか!何と弱虫な男でしょうか!私どもは容易にピラトをそう批判できます。でも思います。私も同じだと。私も自己保身のためなら、正義などすぐにでも捨てる弱い人間だと!伝えられるところでは、ピラトは後に皇帝からローマに召還され、ガリア地方(今のヨーロッパ南部)に流され、そこで自殺しました。彼が最も恐れていた通りになりました。

 ピラトの決定後、イエスは黙して断固として十字架への道を歩まれました。私の罪を購うため、あなたの罪を救うためにです。

 
  3月30日の説教要旨
    聖書 マルコ14:10〜11
    説教 「受難とユダ」


 私たちは今、「受難節」の中にいます。今日は、イスカリオテのユダがなぜイエス様を裏切ることになったのかを、ご一緒に考えたいと思います。

 第一は、劣等感と妬みです。イスカリオテとは、モアブ地方にある「カリオテ出身の人」の意味です。、モアブとは、ロトが酒に酔い上の娘との間に設けた子どもの名です(『創世記』19:36)。彼は自分の出生地に劣等感を感じていたようです。またイエス様が自分を大切な会計係に用いてくれたことへの感謝も忘れて、ヨハネがイエス様に特別に愛され重用されているように思い、激しい妬みを感じていました。ユダの荒んだ心にサタンが入り込んだのです。

 第二は、ユダの「自己中心性」であり「野心」です。彼は、イエスに敵国ローマから自分たちを解放してくれる政治的リーダーを期待していました。しかしイエス様が取り上げたのは人の生き方であり、人の罪でした。夢を砕かれたユダは、「この人についていってもこの世的な成功は何も望めない」と考え、イエス様を裏切る行動に進みました。W.バークレーは、「罪の中心は神の求めるようにではなく、自分の好むようにしたいという欲望である」と書いています。

 第三は、金銭欲です。ユダが預かっていたお金はきっと微々たるものだったでしょう。極めつきの貧乏者たちの会計だったからです。でもお金の誘惑は甘く強いものです。いつしか「彼は盗人であって、金入れを預かっていながらその中身をごまかし」(『ヨハネ』12:6)始めたのです。イエス様が金銭欲を戒める教えを語る度に、自分の不正をイエス様は知っているのではないか、という恐れと苛立ちで彼の心は騒ぎました。金銭をあまりに愛するために、ユダは更にイエスを銀30枚で売るということを行ったのです。

 第四は、イエス様に罪の告白と謝罪に行けなかったことです。イエス様が十字架で処刑されることを知った時、さすがのユダも自分の犯した罪の大きさに気づきました。彼は祭司長や長老たちのところに行って、「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」(『マタイ』27:4)と言いました。でもこれは全くの的外れです。ユダは、勇気を出してイエス様の足下にひれ伏し、罪を正直に告白し、赦しを願うべきでした。それが出来ていれば、彼の「裏切り者」の人生も、大きく祝福の人生に変わっていた筈です。
 
  3月23日の説教要旨
   聖 書   マルコ 3:20〜27
   説 教   「悪と戦うキリスト」


 今日の聖書箇所は「ベルゼブル論争」と呼ばれるとこ ろです。ここから3つのことを学びたいと思います。

  第一は、「一同は食事をする暇もないほどであった」 (20節)というところです。何気なく読み飛ばしそうで すが、空腹も忘れて人々に福音を語り、人々の悩みや 苦しみに向き合い、その救いと癒しに没頭しているイ エス様の姿に、「ここに愛がある」、「ここに神の力が働 いている」と感じます。そのイエス様は、今は聖霊と いう形で私たちの傍らにおられ、同じようにまどろむ こともなく、私たちの悩み苦しみに向かい合っていて 下さることを思い、感謝の思いを強くする者でありま す。

  第二は、いかに人間は偏見や妬みに歪められ、他者 を正しく評価することの出来ない者であるかというこ とです。イエスの身内の者は、「あの男(イエス)は気 が変になっている」(21節)という周囲の評判のみを 気にして、イエスを「取り押さえに来た」(21節)ので した。律法学者たちは、このままイエスを自由にして おけば自分たちの立場が危ういと、「あの男(イエス) はベルゼブルに取りつかれている」とイエスを悪魔の 手先扱いにしました。仏文学者の桑原武夫は「人間は 誤解しようと待ち構えている」と言いましたが、正に、 イエス様を神の子として正しく見ることをせず、周囲 の評価や妬みで狂人扱い、サタン扱いし、この世から 隠そう、抹殺しようとしました。旧約聖書に登場する ヨセフもダビデも、兄たちからは妬みの目で見られ、 正しく評価されない前半生を送った人たちでした。

  第三は、「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず」とい うところです。ここは「聖霊を冒涜し続ける者は」と も訳せるところです。主イエスの聖霊による働きを悪 霊による働きと誤解し、イエスの愛の行動を理解せず、 自分たちこそ絶対に正しいと自分を一度も省みようと しない者たちへの、主イエスの厳しい警告です。英国 の作家エミリー・ブロンデは「愛の極致は尊敬である」 と言いましたが、イエス様の愛を認めようとしない律 法学者たちには、イエスを尊敬することも出来ません でした。神の子を見失った彼らの不幸がここにありま す。
 
  3月16日の説教要旨
  聖 書  フィリピ2:1〜11。
  説 教  「キリストを模範とせよ」


 フィリピ書はパウロの獄中書簡です。パウロはいつ引き出されて、裁判を受け、殺されるか分からない状況下でした。それなのに「喜び」という言葉が16回も用いられ、この手紙が〈喜びの書簡〉とまで呼ばれるのは、驚くべきことです。

 どうしてフィリピの教会には不一致が起こったのでしょうか?パウロは、教会員の心の中にある利己心・虚栄心・傲慢がその原因だと説いています(3節)。そして、「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つに」(2節)するように勧めています。イエスをキリストと信じる者たちが集う教会の中に不一致が存在するのは不思議なことですが、それは今日も尚、教会の中に時々起こることです。ではどうすれば、一致が出来るのでしょうか?聖書は次の二つのことを教えています。

 第一の教えは、キリストを模範とする生き方に戻るべきことです。イエスの生涯は謙遜・従順・献身の生涯でした。神の子として生まれたのに、人を支配するのではなく、ひたすら人に仕える人生でした。自分が望む道を歩まず、神が望まれる道を歩み通しました。自分が賞賛されるのではなく、ただ神のみが賞賛されることを望んだ一生でした。主イエスの謙遜・従順・献身が凝縮されたのが十字架の死です。このイエスの生き方に戻ることをパウロは訴えています。

 第二は「初めのころの愛」(ヨハネ黙示録2:4)に戻ることです。1951年、太田俊雄先生はアメリカのクリスチャン高校生のキャンプに招かれました。敗戦間もない日本の物質的・精神的窮状を話すと、一高校生の提案で、「昼食を一度、バターもジャムもつけないパン一切れとコップ一杯の水だけの昼食をし、そこで節約されたお金を日本の献げる」ことになりました。更に、自由献金も行われ、$125が集まりました。当時の換算で45,000円、60年以上経った今なら45万円位?他者のために祈り、助けようとする時、人々の心は同じ思いになり、愛によって一つにになることの素晴らしさを示しています。アイリン・アンダーソン宣教師は、毎日がこのようなつましい食事をし、それで生み出したお金を用いてあちこちに幼児施設をつくり、奨学金を与え続けたのだろうと、想像しました。
 
   3月9日の説教要旨
  聖書  ルカ7:1〜10。
  説教  『百人隊長の僕をいやす』


 イエス様はなぜ「わたしはこれほどの信仰を見たこと がない」(9節)と、百人隊長の信仰をほめたのでしょ うか?私は、@自分の奴隷である家来に対する深い愛、 A「わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできる ような者ではありません」という徹底した謙虚さ、B 「ただお言葉をいただかせて下さい。そうすれば、わ たしの僕はきっとなおりますから」(7節、柳生直行訳) というイエス様への絶対信頼、C真の権威者は神以外 にはおられないことを知っていた、この4点にあると考 えています。

 僕と訳されている言葉(デューロス)は、奴隷のこと です。奴隷には基本的人権などありませんでした。病 気になったり年老いて使い物にならなくなければ、外 に捨てられ死を待つ他ない人々でした。この僕が特に 「重んじられていた」(2節)から特別扱いしたのでし ょうか?そうではないでしょう。この、奴隷への深い 愛は、イエス様の心を揺り動かしたと思います。

 そしてこの百人隊長は、真の権威は神様・イエス様に のみあることを分かっていました。このことも主イエ スの心を動かす大きな要因だったと思います。こうし て、主イエスが言葉を発したと同時に、少し離れた百 人隊長の所にいた僕の病は癒されました。

 井伏鱒二に『黒い雨』という小説があります。重松・ シゲ子夫妻は姪の矢須子を実子のように可愛がって育 てました。矢須子が大人になり縁談が持ちあがった時、 「彼女は広島で〈黒い雨〉にあたって被爆している」 という告げ口があり、破談になりました。やがて彼女 は重い原爆症にかかります。重松は何とかして生き延 びさせてやりたいと考えますが、医者からは絶望だと 言われます。重松は広島の山に向かって「今、もし、 向こうの山に虹が出たら奇跡が起こるのだ!」と信じ 祈ります。ここで小説は終わります。神に祈ってもす べてが即その通りになるのではありません。いや、そ の通りにならない方が多いでしょう。でもこの小説に 描かれたように、人は愛する者のためにはたとえ駄目 だと分かっても祈る者です。そして、神は、長い目で 見た時、必ず私たちに最も良い応えをして下さる方だ ということを、私は信じたいと思います。

    
 
 2月23日の説教要旨
  聖 書  マルコ 2:1〜12。
  説 教  「癒すキリスト」

  今日も教団の聖書日課で与えられた聖書箇所です。 今から4年半前、補教師の資格を得た私が、正教師を 目指してこの教会で月一度説教の訓練を始めさせてい ただいた時、最初に示された聖書箇所でした。今日は、 改めてこの聖書箇所を読み示されたことをお話ししま す。

 1.この聖書を読む時、私は必ずベトザの池の傍で38 年病身を横たえていた人のことを思い出します。池の 水が動いて最初に入った人の病が癒されるのですが、 誰も彼を池に入れてくれる人がいませんでした。なん と哀しい話でしょうか!幸い今日の中風の人には、4 人の、親切で向こう見ずの友人がいました。何として もイエス様に会って病を癒して欲しいこの中風の男の 願いと、何としてもそれを叶えてやろうとする友人4 人の熱情・信仰が合体して、恵みの源であるイエス様に 突入したのがこの物語です。屋根をはがして病人をつ り下ろすという突拍子もないアイデアに、主は怒らず、 逆に「微笑まれたのではないか」(バークレー)と思いま す。

 2.今日の聖書は「何があなたの幸せですか?」と私た ちに問いかけています。幸(しあわせ)という漢字は、 土の下に¥が付けられていると読めます。
  土地とお金こそが幸福になる必須条件だと言っている ようです。でもそれが本当の幸せでしょうか?「仕合  せ」(しあわせ)という当て字もあります。仕え合う、足 を洗い合う、イエス様を真ん中にして皆が一つになる、 これこそが本当の幸せではないでしょうか。詩編133:1 に「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、な んという喜び」とある通りです。その点、イエス様を批 判の目で見つめ、イエス様を中心にした恵みの輪・喜 びの輪に加われなかった律法学者たちは不幸でした。

 3.この中風の男にイエス様は「子よ、あなたの罪は赦 される」(5節)と言いました。この病人が求めていたの は病の癒しでした。しかし主イエスは人間にとって根 本的な問題は罪であり、病の癒しは二次的なものであ ると考えていました。病は決して罪への罰ではないこ と、この男も神の怒りの対象ではないこと、をイエス 様は示されました。罪も病も癒された彼は、「寝ていた 台を取り上げ、神様を賛美しながら家に帰って行」(ル カ5:25)きました。イエス様の弟子になったのです。

 
 2月16日の説教要旨

  聖 書 マルコ4:1〜9
  説教題  「種まきのたとえ」

 今日の聖書箇所は、珍しくイエス様の解説が付いているたとえ話です。ここから今日に生きる私たちに三つのメッセージを聞き取りましょう。

 第一は、種まき(福音伝道)には失敗がつきものであること、いや失敗の連続である、ということです。イエス様の直弟子たちもそうでしたが、パウロがアテネで伝道した時もそうでした。人々はパウロから「死者の復活ということを聞くと、ある者はあざわらい、ある者は『それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう』」(使徒18:9)と言って相手にしませんでした。イエス様でさえ故郷での伝道はうまくゆかなかったと聖書は書いています。福音は理解されにくく、時には誤解や迫害まで生み出すものです。でもその中でも、蒔かれた福音の種が30倍、60倍、100倍の実を実らせることもあるとイエス様は言われます。

 第二は、種のもつ爆発力です。パウロは「福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力」(ロマ1:16)と書いています。また旧約のイザヤは「わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくはわたしのもとに戻らない」と宣言しています。種を受け取る土地(私たちの聞く態度)も大切ですが、種自体にある爆発力に絶大な信頼をおきましょう。

 第三は、種を蒔き続けることの大切さです。私は長くギデオンの会員でした。中学の校門で聖書を贈呈した時、建物の3階の窓から男子生徒に「帰れ−!」と怒鳴られたことがあります。受け取った誓書を生け垣に捨てる生徒もいました。泣きたくなる思いでした。でもそんな時いつも次の言葉に励まされました。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。この町にはわたしの民が大勢いる」(使徒8:9〜10)です。コリントでも伝道に挫折しかかったパウロに語られた、神様からの激励の言葉です。今も主は、同じ言葉で私たちを激励しておられます。

 福音伝道は失敗の連続です。でも恐れず語り続けましょう。神は、「み言葉であるキリストを種蒔く時、聖霊を働かせた良い土地(アウグスティヌス)に多くの実りを与えて下さるはずですから。

 
  2月2日の説教要旨
  聖 書  マルコ1:40〜45。
  説教題  「主の癒しを証する」

 イエス様は弟子たちと共にガリラヤのある村に入ろうとしていました。すると重い皮膚病の人が叫び出し、イエスに癒しを求めました。当時重い皮膚病に罹った人は、一人町の外に追い出され、病気が治り祭司に証明してもらうまで、社会復帰は叶いませんでした。律法では「私は汚れた者です、汚れた者です!」と叫ばねばならぬところを、この人は律法を破ってイエスに直訴したのです。このところから教えられた3点を述べます。

1.この重い皮膚病者の理解者になったのは、イエス様 お一人であったこと。イエスは彼の必死の直訴に心を 動かされ、愛を発動させ、彼の病を癒されました。体 の病気だけではありません。社会を恨み、家族を憎み、 自暴自棄になっていたであろう彼の心の病をも癒した のであります。人は、たった一人でも自分を理解して くれる人がいれば、生きていけるものなのです。

2.どうしてイエスは、この癒しを秘密にするように厳 しく言いつけたのか。分かりにくいところです。聖書 に答えが書いてありません。私は、主イエスは奇跡を 見せびらかせて人々を引きつけようとした方ではない からだと思います。「誰がどのように癒したのかを大声 で言い広める必要はない。それよりもあなたは、祭司 のところに行って体を見せ、治ったことを証明しても らって、社会復帰を遂げなさい」と言いたかったので は、と考えます。ここにもイエス様の隠された大きな 愛が見て取れます。

3.どうしてこの人は、イエスの忠告を無視して奇跡を 言い広めたのか。私はこう思います。社会からも家族 からも見捨てられ、町の外に一人住んでいたこの人に、 イエス様だけが心から同情し(「腹わたを痛め」の意)、 愛を発動させ、病気を癒し、心には希望と勇気を与え てくれました。それを黙ってはいられなかったのでは ないか、伝道せざるを得なかったのだ、と思うのです。 私も20歳台の悩み多い時、主イエスに出会い、心を癒 され、希望と使命を与えられました。だから、私も主 イエスのことを黙っているわけにはいかない人間です。 この人の行動をイエスが立腹したとは私には思えませ ん。

 
 1月26日の説教要約
   聖 書   マルコ1:16〜20。
   説 教  「主の弟子になる」

ヨハネが捕らえられた後、主イエスはガリラヤで伝道を開始しました。イエスは早速弟子を求め、最初に招かれたのがシモン・アンデレ・ヤコブ・ヨハネの4人でした。彼らはガリラヤ湖の漁師で無学の普通の人でした。ヤコブとヨハネはイエスの親戚、アンデレとヨハネは洗礼者ヨハネの弟子であり、4人はイエスを前から知っていたようです。さて、今日の聖書から三つのことをお話したいと思います。

 第一は、人間にとって出会いは決定的に重要だということです。「世界のホームラン王」の王貞治さんにとって、荒川博さんとの出会いは決定的でした。その出会いから一本足打法が考案され、868本ものホームランが生み出されたからです。今日の4人はイエス様に出会い、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と声をかけられ、イエス様の後について行き、疑い迷いながらも十字架と復活を見届け、本当のイエスが分かり、神の栄光のため真に幸福な一生を送りました。

 第二は、イエス様の弟子になる形は様々であるということです。同じマルコ5章に「ゲラサの悪霊につかれた男」の話が出てきますが、病気を癒していただいた彼が「一緒に行かせてください」と願いましたが、主イエスの答えは「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことを、ことごとく知らせない」(19節)というもので、彼はその通りに行いました。彼もまたイエスの弟子になったのです。

 第三は、イエス様は単に言葉をかけて弟子を得たのではなく、行いにもよったということです。ドイツのノイエガンメ強制収容所にいた一人のキリスト者医師は、自身がいつ殺されるか分からない不安と恐怖の中、他者のために祈り続けました。それが仲間たちに大きな感動を与えました。このことを知ったフランスの作家モーリャックは、「真に人間を引きつけるのは、キリストを生き、キリストと共に苦しみ、キリストと共に祈る人の姿である」という意味のことを書いています。

 イエス様は今日も私たちに「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と呼びかけておられます。その招きに応じ、主の弟子にさせていただきましょう。


 
1月19日の説教要旨
   聖 書  マルコ1:14〜15。
   説 教  「イエス様の説教」

  ヨハネが捕らえられた後、イエス様はガリラヤに行 き伝道を開始されました。その言葉は「時は満ち、神 の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」とい うものでした。その後、イエスは多くの例えを用いて 話したり、多くの愛の奇跡を行いました。しかし、イ エスの教えの核心はこの短い教えに凝縮されています。 私たちはこの言葉を暗誦し、繰り返し口に出して自ら の歩む方向を正し、「初めのころの愛」(『黙示録』2:4) に戻るべきです。

1.「時は満ち」とありますが、「時が溢れ」とも訳せる 言葉です。待望していた時、イザヤなどによって預言 されていた時、救いの時、が遂に到来したのです。キ リスト(メシア)の到来の宣言です。

2.「神の国は近づいた」とは、神の愛の支配の世が来た、 という意味です。聖書に「神は愛なり」とあります。 ならば、神の支配は神の愛の支配のはずです。シスタ ー鈴木秀子さんは、「神の国は愛だけの世界である」と 言いました。イエス様の到来によって愛の支配が始ま りました。
 
3.「悔い改めて福音を信じなさい」とあります。心を神 に向けよ、ということです。真夜中イエスを訪ねたニ コデモに主イエスは、「人は、新たに生まれなければ、 神の国を見ることはできない」と言いました。ルター は「キリスト者の生涯は絶えざる悔い改めである」と 言いました。悔い改めは洗礼を受けるときの一回きり のものではありません。日野原重明さんは牧師の家庭 に生まれ、早くキリスト者になりました。でも本当に 悔い改めたのは、59歳の時、よど号ハイジャック事件 に巻き込まれ、4日間監禁され、死と隣り合わせになっ た時、連合赤軍から借りて読んだ『カラマーゾフの兄 弟』による、と述懐しています。これからは他人のた め、神様のために自分の命を用いさせていただくのだ、 と決心しました。日野原さんの悔い改めの時、新しい 人生の再スタートの時、でした。私たちも日々主によ って自分を新しくさせていただき、主の背中を見なが ら歩む者とさせていただきましょう。

 
  1月12日の説教要旨
  聖 書  マルコ 1:9〜11。
  説 教  「イエスの受洗」

  今日の聖書を読んで誰もが抱く疑問は、神の子であ るイエス様がなぜ洗礼を受けたのか?そんな必要は無 かったのでは?ということでしょう。バプテスマのヨ ハネも「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきな のに」(『マタイ』3:14)と言いました。大きく次の4 点がその理由だと思います。

1.公生涯に入るしるしとして必要だったから。ナザレ の村で30歳頃まで両親に従って生きてきたイエス様 ですが、時が満ち、公生涯に入る時が来ました。その きっかけ・しるしとして、イエス様はバプテスマを受 けられたのではないでしょうか。イエス様にとって重 大な決断の時、新しい人生のスタートを切る時でした。

2.わたしたちのために十字架への道を歩み出されるた め。バプテスマを受けて公生涯に入ることは、即ち、 主の僕として十字架での死への道を歩み出す決心をし たことです。この日はイエスにとって、苦難と従順と 謙虚の主の僕の道を歩み出す時、自分がキリスト(メ シア)であることを表明する時でもありました。

3.我々と同じところに立ってくださるため。主イエス はヨハネの行う「悔い改めのバプテスマ運動」、「神の 国運動」に賛意を示されたのです。それを正しいこと とし、賛意を示し、自らその運動に加わるため受洗し たのだと思います。

4.最後に、受洗することは神の御心に適うことだった からです。だから、イエスがヨルダン川に体をすべて 沈めて上がった時、天が開け、「あなたはわたしの愛す る子、わたしの心に適う者」(11節)と、神様の声が し、イエスの決断と行動をお褒めになったのです。

 洗礼を受ける、それは、心の中で「主イエスはわたし の個人的な救い主だと信じ、公に口でその信仰を告白 すること」です。隣国の韓国や中国では続々受洗者が 与えられているのに、どうして日本では同じことが起 こらないのでしょうか?嘆くのではなく、真剣に祈り 求めていきたいと思います。


 

 1月5日の説教要旨

   聖 書  ルカ2:41〜52
   説 教  「主イエスの居場所」

  聖書には、イエス様の子供の頃や青年時代の様子は 殆ど書かれていません。唯一今日の聖書箇所に、12歳 の少年イエスの様子が描かれています。ユダヤでは12 歳になると大人の仲間入りをし、律法を守ることが義 務づけられました。今日の聖書は、両親がイエス様を 初めて過越祭を祝うべくエルサレムに連れて行った時 の出来事です。ここから短く三つのことを学びたいと
 を感じ始めたということです。イエスが自己発見をし
 思います。
 
 第一は、この時イエスは、自分が神の子であること
 たのです。座り、聞き、質問する姿は学ぶ姿です。決 して神童イエスが人々をすごい知識できりきり舞いさ せているのではありません。でも、少年イエスの答え の素晴らしさに、人々が驚きを禁じ得なかったことも 事実です。
 
  第二は、自分が神の子であることを自覚したイエス 様の、その後の態度です。自分を探しに三日がかりで エルサレムに戻ってきてくれた両親に答えるイエスの 言葉は、にわかには理解しがたいものでした。母マリ アは、その時には理解出来なかったイエスの言葉を「す べて心に納め」ました。両親と共にナザレに戻ったイ エスは、「両親に仕えてお暮らしになった」(51節)の でした。自分は神の子だからと尊大な態度をとったの ではなく、人の子として、公生涯に入られるまで心か ら地上の両親に仕えたのです。
 
  第三は、イエスの居場所についてです。イエス様の 居場所は明らかにナザレでありました。「ナザレ人イエ ス」と呼ばれる所以です。そこで父ヨセフの大工の仕 事を手伝いながら生活しました。でもイエスの心の居 場所は、エルサレムの神殿、神の住まわれる所、であ りました。心の軸足はそこに置いたまま、イエスはナ ザレで生活されたのです。今に生きる私どもも、生活 の場は家庭であり、職場であり、地域社会です。しか し、心の居場所心の軸足は、聖書に、教会に、主イエ スに置き、離さないでいたいと思う者であります。





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