牧師東西南北( 2002年3月10日 週報より)

 

 

米国の宣教師であった方が、ご自分の教会のレントの過ごし方を紹介した文を読み、なるほどと思いました。「古くは多くの人々は、レントには食べることを制限したり、映画を見に行くのを控えたりしていました。今はそのような禁欲的なことだけでなく、積極的な行動も望まれます。たとえば

・魂の成長を養う特別な本をじっくり読む。

・誰かのために何か特別なことをする。

・憎んでしまった人を許し、その人のために祈る。中略。私自身は、毎年レントの時は特別な本を読み黙想して感想を書きます。」

私もレントのイメージは、主の十字架を見上げながら、断食・克己・悔い改めとどちらかと言えば個人的で消極的なものでした。だからでしょうか、レントが生活の中でもうひとつ意味あるものとなっていません。広がりのある積極的なレントの過ごし方もあることに、気づかされました。

 そんな思いで改めて主の受難の聖書を読んで見ましたら、主が積極的にエルサレムに上って行こうとする決意(マルコ1033)や十字架を進んでかかろうとされる姿(ョハネ1917)を見つけました。



 


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