牧師東西南北( 2002年7月21日 週報より)

  上記「神との冒険」ラクーア自伝を読んだ。読む以前の、私の「ラクーア伝道」の印象は「敗戦直後のキリスト教ブームの中、ハープ・マリンバなど当時珍しい楽器を用いて大衆伝道を行い、多くの人々を集めた。特に福島県内では、米国の献金で十一の教会を建てたが、彼らが去ると人々も去り、結果として日本の風土に合わなかった伝道例」であった。
 ところが本書を読み、事柄はそう単純ではなかった。ラクーア伝道団は、1950年に5ケ月間の日本縦断伝道集会を行い、多くの人々を集めたが、その集まった人々が教会に結び付かないことを反省した。それらを克服するために二回目の1954〜1959年は、@伝道対象を教会のない狭い地域を選び集中伝道する。福島県内の十一地区とする(三春・只見・鹿島・保原・荒井・石川・矢吹・猪苗代・本郷・山都・田島)A各地にセンターを作り、スタッフを雇用する。伝道チームや宣教師が帰国した後も日本人牧師が継続して宣教活動出来るような体制を作り出す。
 2回目の伝道は、農村地域に根を張り、長期計画で経済的にも自立できるようにと周到に計画された伝道であったことを本書ではじめて知った。
 40年以上が経過した今日、何故ラクーア伝道は、豊かな収穫を得ることが出来なかったのか。当時、キリスト教や英語に興味を持って教会に集まった若者は、優秀な若者が多かった。しばらくすると当然、若者は都会に進学し、地方に戻る者は少なかった。農村から都会への若者流出を予想出来なかったからではないか。
「地方教会の苗床教会化」は今だ克服されていない。


 

 


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