牧師東西南北( 2003年1月12日 週報より)

 

 ある人を礼拝にどうぞとお誘いしたら「教会に行くほどの大きな悩みは、今有りません。大きな苦難があったときは伺いますから」と言われた。教会は深い悩みがあって、なかなか解決できない不幸な人が集まるところと思っているのは、この人ばかりではない。

 大きな苦しみを経験した人が、確かに教会に多いように見える。何故だろう。苦しみから安易に逃げず、苦しみを苦しみとして受け止め真面目に生きる人が多いからだと思う。そして、そのことでこころに深いひだを持ち、だから聖書の言葉が良く響いたのではないか。

 教会は不幸な人がことさら集まるところではなく、苦難から逃避せず正面から受け止めている人が多いから、世間からはそのように誤解されて見えるのかもしれない。

 




もどる

inserted by FC2 system