牧師東西南北( 2003年6月1日 週報より)


  NHKに「その時歴史は動いた」という番組がある。その時の出来事が、後年から見て大きな歴史のター二ングポイントであったことを検証する内容である。

 昨年10月の教団総会で教団議長に福音主義教会連合の元議長であった山北宣久牧師が選ばれ、その議長のもと「教団名称変更案」(1969年日本基督教団と沖縄キリスト教団が合同したが、その内実は異なる教会と教会の対等合同ではなく、大が小を飲み込むような吸収合併であったのではないか。そのことをとらえ直し合同教会としての内実を新たに形成しようとする案)が審議未了で廃案とされことが、戦後教団が問い続けてきた「戦争責任告白」路線に決別し、急激に右傾化して行くターニングポイントなることを、この度の教区総会に出席して感じた。

  60年代以降、教団はいわゆる「教会派」と「社会派」に別れた。先の大戦で教団が戦争に協カした体質 を反省する「戦争責任告白」に賛成して積極的に担おうとする派とそれに対して消極的または否定する派の対立であった。教団の将来を真剣に議論した時代であった。ところが、現在は教団も教区も対話でなく数の論理で解決しようとする政治主義な総会で、想像し難いかもしれないが、選挙では根回しの組織票が態勢を決め、心開いた話し合いにならない。そこには教会は常に改革されるべきであるという覚悟や教団に神から 託された使命を考える真摯な話し合いの姿勢はなく、あるのは偏狭な政治主義である。

  悲しくも教団教区の教会政治もこの世の政治と同じ 次元に墜ちてしまったと言えるが、希望を失ってはな らない。

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