牧師東西南北( 2003年6月22日 週報より)


 

 石川町の櫻井淳司牧師(教団無任所教師)が二ューライフカレッジを続けてこられましたが、さらに「和の里伝道所」を開設されました。心境をニューライフ通信に書いておられたので紹介します。

『25年に至るここ数年は「私の事業は失敗に終わり、閉幕の時を迎えるのだな」という思いにさせられていました。しかし一方では、それは単なる終わりではなく新しい始まりにつながるものになるのだという望みも抱いていました。

 そこに80年の歴史をもつ東京の教会の三代目の牧師から四代目を引き継いでくれないかとの誘いを受けました。渡りに船とばかりにこれに乗ったものの、神はこの私の転身を思いとどまらせるためか、目的地寸前であたかも私の足を滑らし海に転落せしめ波濤に翻弄されるうちにこの地に押し戻されるような事態に直面させられました。

 その後も幾つかの安定収入が保証される働き口からの招きに応じて少し楽な暮らしへの誘いに心動かされましたがどれも不成立に終わりました。既存枠からはみ出して30年も全く自由人として生きてきた私にとって今さら雇われてきちんと収まり切れる枠組はないと悟らされました。

 この事実を通して私は「一路白頭に至るまでこの地にとどまって初志を貫徹せよ。25年くらいのあゆみでことの成敗を判断し勝手に好餌につられて、そこを離れてはならない」という神よりの戒めを聞いたように感じました。でもこれから先どうやって生計を立てていけというのだろうかという思いが生ずるのを抑えることが出来ません。


 そこに示されたのが「哀歌」の「私は望みを抱く、主の慈しみは絶えることなく、その憐れみは尽きることがない」(3:21〜23)に続く言葉でありました。

 「主の救いを黙して待てば、幸いを得る。くびきを負わされたなら黙して、独り座っているが良い。」「主は決してあなたをいつまでも捨てて置かれはしない」。

 これらのメッセージに励まされて、なにも誇る足るべき良き材料も「ないがままに」25年の歩みを感謝しつつ、さらにここで歩みを続けようと決意したのでした。』

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