牧師東西南北( 2003年9月7日 週報より)


 エクレシアという信仰共同体「教会形成」という概念を私は間違っていたように思う。「教会形成」とは、福音宣教という目的達成のために信徒を集め、充実した礼拝をまもり、組織を整え、教会員一同の連帯を強めて行くことと考えていていたし、その為に努力してきた。

 「教会」とは、ギリシヤ語では「エクレシア」、呼び集められた群が原意で、集団・共同体を意味する言葉。このエクレシアを日本語で「教会」と訳したばかりに、集団・共同体に教えるための集まり・伝道するための会といった目的遂行のニュアンスが強く付いてしまった。「教会形成」とは、福音宣教を目的とし、そのための集団・信仰共同体の形成ではなく、信仰共同体の形成そのものが目的なのではないかと考えはじめている。

 少しややこしい議論であるが、この違いの意味は大きい。福音宣教するために信仰共同体を形成するのではなく、真実の信仰共同体が形成されることで共同体の交わりそのものが自然に伝道するのである。福音宣教という事柄を軽く考えたのではなく、目的と結果の順番を間違って捉えていた。

 具体的には、日曜日の礼拝遵守や教会組織の形成は同様に大切でも、それらで完結するのではなく、厳しいこの世で共に信仰をもって生きて行くために牧師と信徒、また信徒同士の牧会と交わりがもっともっと必要ではないかと実感している。



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