牧師東西南北( 2003年11月16日 週報より)


「愛と真実の言葉」羊群社発行 尾山令仁著より

先週に続く。

・行って良いかどうか迷う時には、いつでもそれをキリストの御名によってできるかどうかを考えてみるとよい。

・どんな素晴らしい人でも、近づけば近づくほど、あらが見えてくる。しかし、キリストだけは、いくら近づいて行っても、裏切られることがない。

・罪のないお方が、なぜ十字架にかかって死なれたのだろうか。これが解けたら、人生の大問題は、あらかた解けたことになる。

・キリストの十字架上の死の姿に、自分の姿を発見できる人は、キリストとともに生きることのできる人である。

・十字架は二つの交わりを表すしるしだ。神と人が縦の棒、人と人が横の棒だ。神と人、人と人との交わりは、ただ十字架によってのみ可能となる。

・いつまでも借りものの信仰であってはならない。自分で現実の問題と取り組み、それを乗り越えて行くことだ。その時、信仰は自分自身のものとなるだろう。

・キリストの御名を負っているものは、その特権に預かるばかりでなく、苦難にもあずかるのが当然だ。(ピリピ1:29)。

・交わりを破壊するものは、お互いへの信頼の欠如である。交わりを成り立たせるものは、自分のほうから進んで心を開いていくことだ。

・私たちは教会の交わりに召されたのであって、私たちが集まって、自分たちでこしらえたのではない。



もどる

inserted by FC2 system