牧師東西南北( 2004年2月8日 週報より)


2月3日付福島民報より

 「白河市のカトリック白河教会(高橋昌神父)は1日、白河ではじめてのキリシタン殉教記念ミサを行い、殉教者の信念をたたえた。・・・ミサには約50人が参加。・・・

 白河にカトリックが伝えられたのは、1590(天正8)年ごろ。1613(慶長18)年のキリシタン禁教令以降、迫害が強まる中、白河では1632(寛永9)年1月31日、白河市9番町近くの鶴芝で三家族十三人が殉教した。

 このうち、丹波長重に任官して白河入りした高橋半衛重の家は神父の隠れ家になっており、弾圧では半衛重と妻は火あぶりに、六歳、四歳の幼子を含む子ども四人は打ち首にあった。

 この殉教後、会津で四十二人、二本松で十四人殉教者が出ている。ほか、白河では、1643(寛永二十)年9月1日一家三人が同じ鶴芝で殉教。また三家族六人は白河や江戸で獄死している。」信仰のゆえに迫害を甘受し、殺害されることをも承知で信仰を貫いた殉教者たち。

 信仰の自由が保障されている今日では想像もつかない厳しい状況だったのでしょう。キリストを主と信じる信仰は命がけ。この精神を忘れ、熱くも冷たくもない中途半端な信仰だから、キリスト教信仰は魅カを失っているのでしょう。

 生命よりも大事なものがあると信じる。その人は本当の生命に生きるのでしょう。

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