牧師東西南北( 2005年1月2日 週報より)



酉年の今年、聖書から「とり」について

「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に収めることもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってなってくださる。」(マタイ6:26)。

 「鳥のことを考えて見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は鳥を養ってくださる。あなた方は、鳥よりもどれほど価値あることか」(ルカ12:24)

鳥は神への信頼を表現する時に登場`します。
「めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか」(マタイ23:37)

 旧約の詩編にも同じような言葉があり、自らが犠牲になっても子を守る強い愛を表現する時に登場します。

「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。」(マタイ26:75)

 鶏は時を告げるだけでなく、天からの決定的な悔い改めの機会を告げる鳥としても登場する。

この他、ノアの箱船でオリーブの葉をくわえてきた鳩や種まきのたとえで種を食べてしまう鳥などが登場する。


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