牧師東西南北( 2005年7月17日 週報より)


 

 14日、須賀川の夏の風物詩でもある「きうり天王祭」が行われ6万人の人出であったと報じられた。

 須賀川に来た年、日本では貧乏も疫病も神となるが、きうりまでも神になるのには驚いたものだ。

 ご存知のようにキュウリ2本をきうり天王である神に供えし、おはらいを済ませた別のキュウリ1本をもらい、家に持ち帰り家族で分けあって食べると病気にかからないと伝えられている。前任の幼稚園と比べて園児たちは風邪などで結構休んでいるのでこの効能はあやしいが。

 ところで、このお祭りが250年以上続いている人気の秘密が地元新聞に載っていた。@ごく普通の家庭でも庭先にあるキュウリをもってお供えすることで祭りに参加している実感を共有できる。Aおはらいをを受けたキュウリを家族で分けあって食べることで神の活力を体で味わいいただけたと言う満足感を共有できる。

 何か聖餐式に似ていると思えた。パンと葡萄酒という日常の食品を用いて、共に食して、身体で味わうところである。英語の聖餐式Communionは、共有・参与がもともとの意味で、祝祭(お祭り)に参与し、礼拝共同体の一員であることを確認することが聖餐式となった。

 毎月の聖餐式ときうり天王祭を単純に比べてはいけないが、正直、聖餐式は厳粛であるが堅い。

 司式する私もし気分を読むばかりである。聖餐式に、日本人が祭りに参与して楽しいと感じるのと同様な楽しさと喜びを共有できるような工夫が必要なのではないか。


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