牧師東西南北( 2005年8月28日 週報より)


 日本聖書神学校東北支部研修会「牧会におけるスピリチュアリティ」の学びで。

 『あなたがたを襲った試練(ペイライモス)で人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃げる道(エクバシス)をも備えていてくださいます』(Tコリント10章13節)。

 有名なパウロの言葉です。この箇所で新しい発見をしました。神様は私たちが試練に遭うと、それを回避できるような「逃れの道」用意して下さる。これまでこの「逃れの道」は逃避的な道ではなく、思いをかけないような第三の道と違約していました。

 パウロや初代教会の信仰者たちは、人間にとって苦難や試練は不可避的な裁きとしては理解せず、すべては深い神の計画の中にあると考えていました。だから苦難や試練には立ち向かい、それを摂理として積極的に受容し解釈してゆく。すると、苦難や試練を打ち破る「出口」が神の深い配慮によって用意されている。

 なぜなら、神は試練の中にあっても、常に私たちの同伴者として苦難や試練を身に受けてくださっているからと信じていました。

 ゆえに、このエクバシスは「思いもかけないような第三の道」と訳すよりは、もっと積極的な意味があり、新しい存在として生まれ変わるための「出口」「出立」と訳すのがふさわしい。

 こうした困難や試練の時に信仰者は養われ、神様との関係の中で問うことで霊性は高められる。


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