牧師東西南北( 2006年2月12日 週報より)



 
子どもが本気で「遊び込む」姿を求めて
               栄光学園各園に毎月配布する月報より

 早いもので今日から2月。保育後の教師たちは、卒園・進級の準備と並行して、来年度の指導計画の方向が熱心に話し合われている。今年度の保育を振り返りながら、子供にとって何が一番大切なのか、どのような保育環境が好ましいのか、必要なことと必要でないことを厳密に吟味している。
 幼稚園時代は、人生の土台を培う時代。建物にたとえるなら基礎工事。ある時、建築の現場監督は「見えない部分の基礎工事が一番大事。基礎工事が終われば建築工事の半分は終えたようなもの」と話してくれました。さらに「見える部分はいくらでも修復可能だが、見えなくなる基礎工事はやり直しがきかない」とも話してくれました。

 この人生の土台をしっかりとしたものにするために「めざす保育」の柱でもある「遊びを大切にする保育」を更に充実させたいと考えている。最近は子供に大切な環境の中で、三つの「間」がないと言われる。子供が遊ぶ場である「空間」。共に遊び群れる「仲間」。テレビやビデオ・ゲームなど室内で一人過ごす時間が増えたことで同年齢や異年齢児と遊びまわる「時間」。三つの「間」がないために友だちと遊べない子供が増えていると聞く。しかし、子供たちは「遊び」の中で自分を知り、相手を知り、生きる力を知るようになる。「遊び」は豊かな感性・知性・創造性など人生に必要な土台を自然に総合的に育んでくれる。

 「遊び」は、子どもの主体性を大切にして行われるので多様な姿がある。一人遊びもあるし、集団での遊びもあり、興味関心もそれぞれ違う。その中で「遊ぶ」と「遊び込む」の質の違いを意識したいと考えている。例えば、お母さんごっこ、キャラクターごっこをしている姿を良く見るが、しかしそこでは何もしたいことがないから取りあえず「遊んでいる」場合があり「遊び込んでいる」のかは違うはず。群れて遊んでいる場面でも、ただ騒いでいるのと、心と身体をはずませ、一つの遊びが次々と発展して、新たなアイデイアを生みだす展開となる場合がある。そのために教師が個々の子どもの姿や遊びにおいて、いま何が経験されているかを丁寧に把握し、「遊び」がより深まり発展していけるような計画、と環境構成がされているかを確認したい。ますます、子どもが本気で遊び込んでいる幼稚園になりたい。
 

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