牧師東西南北( 2006年5月21日 週報より)


「子どもたちをわたしのところに来させなさい」
         ルカによる福音書18章16節
 最初の任地は鹿児島県の小さな教会で、附属幼稚園があった。それから牧師と幼稚園園長を兼務して21年。最初の5年ぐらいは苦しかった。どこかで園長職を「しかたなくやっている」という意識があったからだ。しばらくして、幼稚園の働きを教会の「宣教と教育」の中で位置づけられるようになり少し肩の力が抜けた。でも、牧師と園長を両立させるのは難しい。幼稚園の仕事は次々と待ったなしで押し寄せる。ただ施設の忙しさを言い訳にして、説教・牧会をいい加減にしないようにと戒めている。

 日本のキリスト教の歴史を顧みると、時代の波に乗って伝道が進展した時期と様毎な逆風を受けて低迷した時期が交互にある。しばらくは長期低迷の時代が続くだろう。

 初期のキリスト教は困難と迫害の中で進展した。キリスト教は逆風の中で不思議に進展する宗教なのかもしれない。そのことを思うと、困難な時代だからこそ、地方の教会と施設をまもりながら、キリスト教の裾野を少しでも広げ、50年後100年後の収穫を信じて種を蒔く時である。

 卒園が近づくと年長児に「鮭の回遊」の話をする。「鮭は川で生まれ成長し、やがて川を下り海に出る。でも大人になって自分の生まれ育った川に戻ってくる。なぜ戻ってこられるか。鮭の体が川の場所や味、温度・匂いを覚えているからなんだ。実はみんなの体の中にも、イエス様の愛と祈りが染み込んでいる。やがて教会でまた会えると先生は信じている。」と。
                           (キリスト新聞掲載文)

 

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