「讃美歌21」 372番 「幾千万の母たちの」

 作詞者の阪田寛夫(1925〜)は中学2年の時に、教団南大阪教会で受洗、放送会社勤務を経て文筆活動に入り、従兄の 作曲家大中恩(めぐみ)とのコンビで童謡「さっちゃん」などを世に送り出しました。 「土の器」(芥川賞)「海道東征」(川端康成文学賞)やキリスト教に関わる作品が多い。作者自身が眼にした焼け跡の様子、身近な人が戦争から受けた傷、さまざまな悲しみが祈りの歌詞になりました。 大中恩は、大中寅二の息子として生まれ、当教会の國分さんの姻戚でもあり「いぬのおまわりさん」「おなかのへるうた」などの童謡が有名。
 作詞者の阪田寛夫氏は、作詞をする時、自分に戦争反対の讃美歌をつくる資格があるのかと悩み、それでも「逃げないで、身の回りの事実と、事実をそのようにあらしめている大きな力との間に自分を追い込んで、うめき声でもいいから出して」みようとしたと語る。

      讃美歌歌詞


1 幾千万の母たちの         3 むなしく裂けた天の下、
  幾干方のむすこらが、         焼けてただれた樫の木が、
  たがいに恐れ、僧みあい、      それでも青い芽をふいて、
  ただわけもなく 殺しあう、      神のめぐみを あかしした、
  戦いの真昼、              戦いはとだえ、
  太陽もなまぐさく。           夜明けは近づいた。

2 風吹きぬける焼け跡に、     4 幾千万の母と子の
  幾千万の母たちは、          こころに合わせいまいのる。
  帰らぬ子らの足音を          自分のなかの敵だけを
  いつもむなしく待っていた。      おそれるものと なるように、
  戦いの日暮、              戦いよ、終われ、
  まっかな陽が沈む。          太陽もよみがえれ。

         詩46:9−10 マタ5:9 イザ9:5


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